「一物」の読みは?
「お腹に一物、背中に荷物」というギャグがある。この読みは、「おなかにいちもつ、せなかににもつ」と読む。これは、「オナカニ」と「セナカニ」、および「イチモツ」と「ニモツ」で、それぞれ韻(イン)を踏むことと相俟って(アイマッテ)、「二物(ニモツ)」に掛けて「荷物(ニモツ)」と言うことで、その意味をさらに面白く(オモシロク)表現しているのだ。
この漢字の「物」を「モツ」という読み方は、漢字の音読みである呉音や漢音にそのルーツがあるのであろうか。漢和辞典(小学館・新選漢和辞典)に当たると、「ブツ」という読みは漢音であり、「モチ」という読みは呉音であるという。そして、「モツ」という読みは、慣用音であるという。日本に中国から伝来した漢字は、中国の長い歴史の中で漢字の読みが変わったのに影響を受け、日本でも音読みが変容したのだ。
さて、ここに、間違い易い読みの違いがあるので、注意的に紹介しておこう。農業の田畑(デンパタ)の果実(カジツ=ここでは、「くだもの」の意味ではなく、「物から生ずる収益」の意味。広辞苑)やその収穫前に田畑で生育しているものは「作物」であり、これは「サクモツ」と読む。しかし、同じ意味で使われる「農作物」は「ノウサクブツ」と読むのである。これを「ノウサクモツ」と読む人もいるが、間違いである。また、「作物」だけの場合の漢字2字を「サクブツ」と読むと「作ったもの。特に、芸術上の作品」(広辞苑)となり、「サクモツ」と読んだ場合と意味が違うので注意を要する。
次に、この「物」にもいろんな意味があるので、調べてみると面白い。「物」は、「物故(ブッコ)」といえば「死ぬ」こと、「物悲しい(モノガナシイ)」といえば「何となく(ナントナク)」、「物言い(モノイイ)」といえば「苦情」、そして、「物入り(モノイリ)」といえば「費用」を意味するなどである(小学館・新選漢和辞典)。
ところで、標題の「一物(イチモツ)」の意味について、広辞苑に当たると、「①一つの品物。②一つのたくらみ。③金銭の隠語。④男根の隠語。」とある。冒頭にある「お腹に一物、背中に荷物」と言った場合の「一物」は、②の「たくらみ」の意味であり、背中には「ニ物(ニモツ)」に掛けて「荷物(ニモツ)」と言っているのである。ここでは、背中には二つの「企み(タクラミ)」を背負っているという意味を込めている。このお腹と背中で、企みを合計三つも持っている人というのは、「風上(カザカミ)にも置けない」人、「気を許せない」人ということになるであろうか。 なお、「一物に秀でた人」と言った場合の「一物」は、「イチブツ」と読まないと意味が下ねた(シモネタ)の方へ分け入って(ワケイッテ)しまうように感じる。これを「イチモツ」と読んだのでは、前述の④の意味が彷彿(ホウフツ)とされ、何となく股ぐら(マタグラ)がむず痒く(ムズガユク)なるからである。つまり、標題の「一物」には「イチブツ」という読み方もある。そして、「天は二物(ニブツ)を与えず」と「腹に一物(イチモツ)」という成句がある。このように、日本語では同じ漢字でも、読み方の違いによって、その意味やニュアンスが大きく違ってしまうことがあるのだ。日本語は重厚である。
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