日本語辞書にない「替え玉」と「うめ春物」
漢字圏からの日本語学習者Tさんから、「替え玉」という言葉の意味について尋ねられた。中華そば屋の壁の値段表にあった「貼り紙」の言葉だという。Tさんは、これについて辞書を調べてみたが、的確な意味の説明がないので、それを知りたいという。Tさんは、非母語話者ながら日本語教師志望であり、留学生として日本語を一生懸命に勉強している。日常の中で使われている日本語が、日本語の辞書に載っていないのに困惑し、納得できないようである。
この「替え玉」につき、Akkii も、広辞苑で意味を調べてみた。するとそこには次のような意味が記載されていた。①本物のように見せかけてその代りに用いる偽物。②本人だと偽って実は他の人を使うこと。また、その人。「替え玉受験」。なるほど、値段表の脇の貼り紙にふさわしい意味は、そこには出ていないようである。なぜならば、①の意味の偽物(にせもの)では、偽物を注文して食べることになるであろうから、精神衛生上も食品衛生上も大いに問題があり、そのようなことはしないだろうと考えられるからである。また、②本人だと偽って、他の人を使う、という意味では、「他の人」とは中華そば屋に当てはめれば、料理人などの店のスタッフであろうが、偽(いつわ)って人を使うのにわざわざ貼り紙してまで、その偽りの事実を明示するという馬鹿げたことをするとは思えないからである。とすると、何か注文する料理に関係ある言葉でないか。そこで、その中華そば屋での追加注文の仕方をTさんに聞いてみた。ラーメンを注文し、麺を食べ終わったあとで、美味しいスープ(麺つゆ)がどんぶりに残っていた場合に、追加で麺だけを注文できるかどうかをである。すると、Tさんは、「そうです。麺を追加で注文できます」という。
麺は、生麺(打ちたての柔らかい麺など)やゆで麺(ゆでて柔らかくなった麺)などの場合には、うどんや日本そば、ラーメンに限らず、麺の一まとめにした塊(かたまり)を玉(たま)といい、普通は、1人前として使われる分量を基準として玉としている。そして、これを1玉(ひとたま)、2玉(ふたたま)、3玉(さんたま、時には、みたま)、4玉(よんたま)、5玉(ごたま)・・・と数えるのだ。これが、乾麺の場合には、一まとめとして束(たば)ねてある場合は、それを束(たば)といい、1束(ひとたば)、2束(ふたたば)、3束(さんたば、時には、みたば)、4束(よんたば)、5束(ごたば)・・・と数える。中華そば屋では、通常、麺は、生麺やゆで麺を使っているので、玉にしてある。そこで、ここでは、客が食べているラーメンのどんぶりに残っているスープに追加で入れる麺を、「玉」を「替える」ものとして捉(とら)え、「替え玉」と表現しているのだ。既に食べてしまった「玉」は、既に胃袋に収まっていて、替えようがないのであるから、本来ならば、これは「追加玉」とか「追加麺」と表現すべきところであろう。しかしながら、この意味での「替え玉」は、中華そば屋の業界用語からラーメン愛食家の間の通用語になっているようである。
日本語では、日常的に使われていながら、日本語辞書に載っていない言葉や意味が結構多い。最近気が付いた言葉では、「春夏物」と「秋冬物」がある。繊維業界やファッション業界の業界用語で、「早春物」を意味する「梅(うめ)春物」が日本語辞書にないのは、テクニカルタームとして理解できる。しかし、先の2語は、昔から日常的に使われ、広告やメディアにもよく登場する言葉でありながら、広辞苑にすら載っていないというのは、不思議な現象である。
さて、日本語辞書にはない意味の中華そば屋の「替え玉」。食べる側にとっては、美味(おい)しいスープを残しておいて、安い料金で「替え玉」を追加注文し、もう一杯、美味しいラーメンを食べられるのは、嬉(うれ)しいことである。
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