« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

ジェンダーと区別――生来の性差

  男女の恋の指南書としても、お薦めしたい一冊がある。セックスについては、電車の中で隣の人に読まれたら恥ずかしいと思えるようなことも、科学的に堂々と書かれている。かつてベストセラーにもなったアラン・ピーズとバーバラ・ピーズの夫婦共著による後記(1)の本、『話をきかない男、地図が読めない女』であるが、改めてここにお薦めしたい。サブタイトルに「男脳・女脳が『謎』を解く」とある。この本は、男女の違いの現実をよく観察し、それらを科学的見地から分析して、巧みに表現している。「恋に落ちる」メカニズムや、「幸福な生活のためには――女に地図や市街図を読ませてはいけない」ことなども書かれていて、たいへん面白い。

  この本を読めば、男女間において、ジェンダーの違いを認識し、それ相応の区別がなされる必要性を強く意識することになるであろう。男勝(まさ)りの女性も多くなったが、女性は女性としてのジェンダーを主張したほうが、より賢明であることがこの本の内容から推認される。もちろん、主張の相手方は男性側である。

  なお、「区別」とは「差別」ではない。ここで言う「区別」とは、客観的科学的データに基づき、社会的に認知された「区別」である。

 また、この本を読んで、男女の違いを頭にたたき込んでおけば、男女間のいさかいが多少なりとも減少し、多くの破局が未然に防げるかもしれない。――― ただし、これは、Akkiiの希望的観測かもしれないが・・・。

 次に、渡部昇一先生の著作である後記(2)の本、『世界に誇れる日本人』も一読することをお勧めしたい。その第二章には、「――世界に影響を与えた『源氏物語』の作者」と表現されて、紫式部が取り上げられ、その中には、「男も女も一緒に文学を作った上級サロン」の項の中で「要するに神様といえども男女相補性をもち、男女同権とはいわないまでも、男女共同参画のようなことを神話の上でやっているのである」(同書P.50)と述べられている。また、日本の平安時代中期(学説によると初出は1001年)に、『源氏物語』という世界で最古の大小説が、女性作家によって著述されたことが賛嘆されている。

(1)アラン・ピーズ&バーバラ・ピーズ共著 『話をきかない男、地図が読めない女――男脳・女脳が「謎」を解く――)』、藤井留美・訳、文庫版¥667(税別)、主婦の友社、2002年

(2)渡部昇一著 『世界に誇れる日本人』、PHP文庫、¥533(税別)、PHP研究所、2007年

  前記(1)と(2)の書籍は、共に文庫本であり、廉価であるが、学術書として、十分に参考文献たり得る中身の濃い本である。日ごろ携行しているバックの片隅にでも入れて、暇のあるときに一読することをお勧めしたい。特に(1)は、恋愛の指南書としても、また、夫婦円満生活の手引きとしても、活用したい一冊である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本ブログの目的変更について

梅の花が満開となり、枯れ木色の寒かった冬に代わって暖かい春の色が増しつつある。宮内庁鴨場の隣にある越谷梅林公園では、晴れた日にはふくいくと香る梅の花々の間に、人々の談笑の話が咲き、賑わっている。 

長い間、草加にほんごの会の先生と学習者の募集に寄与しようとして開設してきたこのブログも、草加にほんごの会の賑わいが定着したことから、その募集という機能を終了し、今後は、草加にほんごの会としてのお知らせを含め、このブログにはUPしないことになった。 

今まで、AkkiiがこのブログにUPした世の中の事象に対する嘆きや心情の吐露、疑問などの意見や提言などの記事を読んで、つき合ってくれた皆様方には、ここに深謝申し上げる。このブログにUPした固い提言やきつい指摘の意見などを見て、日本語教室に日本語の授業をおそるおそる見にきた人もいるかもしれない。しかし、外国人を相手にした授業では、至って平穏であり、思想信条や政治や宗教の話など全くないことに気落ちした人がいるかも知れない。このブログの難解とも思われる記事は、日本語の先生になろうとする人のスキルを確認し、ミーハーでないことのテストを兼ねるものでもあった。

今後、Akkiiは、草加にほんごの会とは、袂(たもと)を分かち、越谷にほんご勉強会(越谷日本語勉強会)の場で、外国から来た人たちや帰国子女などに対して、日本の慣習や日本文化を含めて、日本語を教えていくつもりである。また、日本語を教える先生方の研究会も行っていく。 

なお、このブログは、Akkiiの嘆きや心情の吐露の場として、また、世の中に対する意見の表出口として、さらには、越谷にほんご勉強会の学習者や先生方の募集の場として、維持していくつもりである。 

今後も、この Merry-akkii のブログをご笑覧いただき、皆様方の忌憚のないご意見を拝聴させていただきたい。また、「越谷にほんご勉強会」のほうも、よろしくお願いしたい。

長い間、草加にほんごの会の皆様方には、たいへんお世話になり、厚く御礼を申しあげます。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

歴史とは何か~国際問題と日本

 「歴史とは何か」――― それは「水滴」ではなく、「虹」を観ることだ! これは、渡部昇一教授が、後記(1)の『かくて歴史は始まる(これまでの500年、これからの250年、「逆説の国・日本の世紀を俯瞰する」)』(知的生きかた文庫、三笠書房、1999年)の中で、短いフレーズながら、見事に「歴史」というものの正体を言い当てている言葉である。

 近年、太平洋戦争の敗戦を認めた日本が戦後50年を経たのを契機とするかのように、戦後教育に蔓延した自虐史観とも言える日本の歴史を見直そうと、歴史学者たちが、諸事に造詣が深い分析眼と慧眼により、日本の歴史に関する名著をものしている。

 その中でも、日本の歴史を考えるうえでの参考文献として、前記を含めた次の3冊を挙げたい。これらは、文庫本や新書版であり、廉価であるが、十分に学術書としての参考になる内容を備えているものである

(1)渡部昇一著『かくて歴史は始まる』(知的生きかた文庫、\648(税別)三笠書房、

1999年)

(2)坂本多加雄著『歴史教育を考える』(PHP新書、\657(税別)、PHP研究所、

1998年)

(3)中西輝政著『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』(PHP新書、\740(税別)、PHP研究所、2006年)

 前記(1)は、渡部昇一教授の分かりやすい文章でまとめられているので、頭から素直に読んでいっても十分に理解できる。随所に出てくる歴史上のエピソードは、それぞれの事象に詳しく当たってみたいと誘惑に駆られるほどである。カバーの袖には次の記載がある。もし、書店で新品が入手できないならば、中古品を探してでも手に入れたい一冊である。

 ・歴史は、無数の事実が積み重なったものである。それはあたかも、空に懸かる虹が無数の水滴でできているのに似ている。個々の事実、すなわち「水滴」を観ているだけでは、「大きな虹」としての歴史を捉えることはできない。・・・これまでの500年、これからの250年―――。「二十世紀における日本の意味」が分からずして「二十一世紀・日本」の在り方に確固たる自信は持てないし、これからの日本が進むべき道も見えてこない―――。こうした思いから、日ごろ私の胸の中に鬱積(うっせき)していたものを一挙に吐露し、できあがったのが、本書である。

 前記(2)は、サブタイトルとして、「日本人は歴史を取り戻せるか」とある。坂本多加雄教授の著書である。文章は、論理の展開が明快であり、専門家受けする内容であるが、法律学的な論理の展開に慣れていない人には、頭から読み始めると難解な感じがする。そこで、この本は、終章から読み始めて、第七章、第六章、・・・・第二章、第一章、序章と、逆の順序で章ごとに読むことをお勧めする。そうすれば、この本の言わんとしていることが明快に理解できるであろう。

 前記(3)は、サミュエル・ハンチントン著『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社新書、\660(税別) 、集英社、2000年)の巻末に「解題」として『「ハンチントン理論」の衝撃』を著述している中西輝政教授の著作である。政治学者としての慧眼に触れた思いがする。

 これらの文献は、廉価であるうえ、ボリュームも少ないが、それぞれが名著である。初版から既に数年経たものは、最近のデータや状況と違う内容も含まれるが、考え方としては十分参考になる。日本の今を取り巻く安全保障問題や国際間の経済問題などの世界情勢、そして、日本の歴史教育を考えるうえで、ぜひ、読んで参考にしていだだきたいと思う

| | コメント (0) | トラックバック (3)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »