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バックパッカーへのチャレンジと「航空機延長」

   このところ、日本円が各国の通貨に対して強くなった。これは、日本人にとって、世界を旅行するチャンスである。そこで、「航空機延長」を利用して、人気の東南アジアを旅するバックパッカーへのチャレンジの勧めをここにUPする。

  東南アジアのうち、タイとマレーシアは、比較的治安もよく、距離的にも日本に近いという点と、同じ有色人種の国であるという点で、バックパッカーの初心者には、お勧めの海外旅行先だ。それぞれ民族構成が違い、異文化に触れることができる。そして、旅行費用も比較的安くあがる。

  初心者が、バックパッカーを経験しようとする場合には、まず、海外の旅行先の国がどういう所かということから学習していく必要がある。この学習に最も手っ取り早いのは、まず、旅行会社が主催するパッケージ・ツアーに参加することである。

   パッケージ・ツアーでは、空港到着からホテルへの送迎が行われ、現地のガイドが、旅行先の国での日本と違う違法行為(触法行為)や治安の情報、注意事項や両替の方法まで懇切に説明してくれる。また、現地のガイドは日本語もできるし、現地情報についても、いろいろと教えてもらうこともできる。これはたいへん勉強になる。

  そして、パッケージ・ツアーは、個人が往復の航空券を手配して、ホテルを手配し、現地の空港から宿泊先ホテルに移動する旅費交通費を考えると、格安であることが多い。これは、宿泊先ホテルとしてそれなりのグレードのホテルがセットされ、安宿とは違うからである。ただし、現地の行程では、旅行会社指定の観光コースに参加する義務があり、自由が拘束されることがある。長い間、これがネックになっていた。

  ところが最近では、往復の航空機とホテル宿泊、現地での送迎のみがセットされている格安のパッケージ・ツアーも多くなった。現地では原則的に自由行動だ。また、サービスとして、希望すれば現地の観光コースに参加できるものもある。これは、同じ国に海外旅行に出かけるリピーターが多くなったので、そのニーズに応えるためだと思われる。

  海外へのパッケージ・ツアーには、3泊5日とか5泊7日などの日程も様ざまなものがあり、期日とホテルのグレードによって、値段も安いのから高いのまで、いろいろである。また、現地でのスポット的な観光やアクティビティーなどのオプショナル・ツアーが選択できるのもある。

  旅行の日程を延長しようと考えるならば、「航空機延長」という方法を指定し、これにアレンジできるパッケージ・ツアーがある。これは、宿泊延長を伴わないで、帰国日のみを延長し、現地の行程途中でツアーから離脱し、個人が自力で観光したりして、現地の滞在日数を延ばし、帰りは指定された飛行機に自力で搭乗し、帰国の途につくという方法である。

  この「航空機延長」は、普通は日本出国の日を入れて11日目までが認められやすいようである。しかし、最近の広告では14日間や18日間に延長可能というのもあるようだ。これには、JTBやHIS、近畿日本ツーリスト、日本旅行などの大手旅行会社も、多少の手数料(5千円ほど)を払えば、格安のパッケージ・ツアーを「航空機延長」にアレンジして手配してくれるので、相談してみるとよい。

  この「航空機延長」は、バックパッカーの初心者が、海外旅行の難しさにチャレンジしながら経験を積むには、お勧めの方法だ。

現地では、現地の旅行会社が主催する日帰りや1泊2日、2泊3日などの英語ツアー(英語で説明するガイドがつく)に参加してみるのも面白い。英語ツアーは格安で、通常は日本人向けの日本語ツアーの料金の3分の1から2の1の料金であり、欲しくもない商品の買い物に多くの時間を割いたり、それを強制されることもない。これらのツアーには、名所旧跡を観光するばかりではなく、ゾウに乗ったり、イカダで川を下ったり、水上の家に泊まったり、また、ジャングルを散策したりする、自然探索ツアーという趣向のツアーがあったりするのだ。

そして、英語ツアーには、いろいろな国からの旅行者が参加する。そこでは、それぞれのお国なまりの英語が飛び交う。日本人のカタコトのヘタな英語にも快く付き合ってくれる。海外に住んでいる人たちとの友好の輪も広がり、友人を作ることもできるだろう。そのうえ、現地で独自に英語ツアーに申し込めば、値段も格安である。この値段は交渉しだいである場合がある。なお、現地旅行業者は信頼のおける業者を選ぼう。

ただし、これには、現地でパッケージ・ツアーから離脱した後は、自分の力量と責任で帰国しなければならないというリスクがある。そして、何らかの事情で航空機がキャンセル(欠航)された場合も、自力で対応しなければならないことや、リコンファームが必要な場合もあることなどのリスクもある。

しかし、現地でもっと自由に、アクティブに行動を楽しみたいという向きにはお勧めだ。旅行には、日常とは違うハプニングがあることが、人々をエキサイトさせる。なにしろ、「トラべル」には、「トラブル」がつきものなのだから。

なお、留意すべきは、帰りの航空機のキャンセル(欠航)やフライト・スケジュール(出発時刻等)変更などの場合の、航空会社からの現地での連絡先を、きちんと旅行会社を通して航空会社に伝えてもらったほうが良いという点である。これには、現地最終の宿泊先ホテルは、日本出国前に旅行会社を通して確保しておいたほうがいいだろう。

また、現地空港には搭乗の2時間以上前には着いて、チェックインしておいたほうがいいだろう。これは、航空機事情が、天候ばかりでなく、機体故障や騒乱などにより、左右されるやすいからである。

そのほかの現地宿泊先は、自分で編み出した行程の中で、自分で手配してみるのも楽しい。現地の人が利用する交通機関に乗って、現地の人が買い物に出かける市場やスーパーに出かけてみてはどうだろうか。水上バスやフェリーなどの水上交通機関を利用するのも楽しい。そして、食事に屋台街やレストランやフード・コートなどに出かけてみてはどうだろうか。さらに、前述したように、現地での宿泊を伴う英語ツアーに参加してみてはどうだろうか。

簡単なコミュニケーションなら、言葉が通じなくても、身振り手振りでできる。笑顔は、世界共通のコミュニケーションの手段だ。ここには、バックパッカーとしてのチャレンジ精神が大事である。

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数が多いのを奇貨として衆議院解散の国民の要望を気化させるべきではない!

 日本語のように表意文字となっている言語には、同音異義語が多い。標題のように「奇貨」と「気化」がそうである。 また、「信認」と「信任」もそうである。広辞苑によると、「信認」とは、「信用して承認すること」とあり、「信任」とは、「信じて仕事を任せること」であるという。

  ところで、今の内閣は、国民の「信認」の得ることまでは、無理としても、「信任」を得ているのだろうか。これは、「否」と言うほかないであろう。なぜならば、今の内閣は、約3年前の郵政選挙と言われた小泉政権の郵政民営化路線を問う衆議院選挙で選ばれた議員により、国会が構成される中で登場した内閣であるからである。その郵政選挙後、安倍、福田と約1年間隔で内閣総理大臣が2人も政権投げ出しの体で辞任している。その後に登場したのが、今の麻生首相であり、その首相のもとの現在の麻生内閣である。

 今、この内閣が、国民の信任を得ることもなく、数の力で強引な国会運営を行い、将来に禍根を残すような政策を次々に打ち出すことに、心ある国民は、心配しているのでないだろうか。今の経済、金融危機の原因となった詐欺まがいの金融工学的理論と同根の理論で、政策を立案すべきではない。

 このところの政策提言は、異常である。背景にどんな政策提言集団がついているのであろうか。アメリカで破綻が相次いだ金融機関などと同類の利益集団や、また、この息のかかった利益集団が擁するシンクタンクや、財界寄りのシンクタンクからの政策提言の強い影響を受け、奇異をてらうことで、目立つ政策を遂行しようとしているなら、大問題である。

 各利益集団が擁するシンクタンクの多くは、「我田引水」を文字どおりに目論む。政治には、ロビー活動による影響を受けるのが、避けられないとしても、もっと大局的見地に立った、国民目線の政治を行うべきであろう。経済政策で国民にばら撒きのアメをしゃぶらせておいて、裏では、金融機関等の不良債権や破綻同然の会社の株式を、何らのモラルハザードを追求することなく、莫大な国費を投じて買い取ることなどを画策しているのではないか、と懸念される。将来の国民に大きな負担を強いることには、慎重の上にも慎重であるべきである。

 政治は、国民の安心、安全を確保する責務を持つ。そして、国民のだれもが最低限の生活ができるようにする責任がある。ここでは、政治の持つ富の再配分の機能が重要である。
 
 今、直ぐにでも必要な政策は、国民のセーフティーネットとしての年金や健康(医療)保険問題、最低生活費保障の問題、個人的格差と地域的格差から派生する貧困、教育の機会不均等の問題などへの手堅い施策であり、その遂行である。これ以上格差を拡大させれば、さらなる治安の悪化を招く。必要なのは、国民に適正水準の収入を得られる働く場を与え、事業者が安心して雇用を維持できる環境を整えることである。そして、これをベースに内需拡大策をとることである。アメリカ発のバブルがはじけて淘汰されようとしている経済、金融システムを援助する国費があるなら、直接、実体経済を支えてきた農林、水産、商業、工業の事業者と国民一人一人に視点をあて、国費を使うべきである。

 もし、ここで特定の利益集団や財界よりの政策に多大な国費を費やし、将来に過大な国民負担か生じる政策を遂行しようとするなら、直ぐにでも衆議院を解散して国民に信を問うべきである。そして、その支持があるかどうかを確認すべきである。郵政選挙で増えた議員数があることを奇貨として、政策を強行すれば、その嫌悪感が国民に浸透し、その後も大きく支持を減らすのは、自明の理であろう。衆議院で与党の自民党、公明党の議席の数が多いのを奇貨として、衆議院の解散を求める国民の要望を気化させるべきではない。

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バックパッカーとアコモデイション

世界の各地に、バックパッカー用の安宿がある。また、安宿が集まる街は、安宿街とも呼ばれる。たとえば、東南アジアでは、タイのバンコクにあるカオサン・ロードや、マレーシアのペナン島はジョージタウンにあるチュリア・ストリートがそれである。オーストラリアのシドニーにも、バックパッカーズ・インという宿があった。いずれも、バックパッカーに人気の場所だ。

特に、バンコクのカオサン・ロードは、所狭しに旅行代理店や日用品や衣料品の店などが通りを占拠し、大勢のバックパッカーや地元の人たちで賑わっている。ジョージタウンのチュリア・ストリートも、夕刻から深夜になると、通りばかりでなく、脇路地にも屋台が繰り出し、バックパッカーや地元の人たちの食事や談笑の場となっているのだ。そして、これらの通り沿いや、脇路地、裏路地に安宿がたくさんあるのだ。

日本にも、世界各地から訪れるバックパッカーで賑わっている地域がある。東京の元・山谷地区である。今ここで、「山谷(さんや)」の名前がなくなりつつあるということがニュースになった。昔の「ニコヨン」と言われた日雇い労働者が集まる場所から、国際色が豊かな、明るいイメージの街に変わりつつあるようである。ここの「簡易宿泊所」が、バックパッカーに人気なのだ。1泊2千円前後で泊まれるという。付近の飲食店のメニューには、英語併記が多くなったようだ。

しかし、最近の円高・ドル安の傾向は、世界のバックパッカーから日本を遠ざけてしまうのではないかと心配だ。

ところで、この円高は、日本のバックパッカーにとっては、世界を旅行するチャンスである。今、日本円を持って、世界を旅すれば、円の強さを実感できるであろう。旅行会社のパッケージ・ツアーで利用するような立派なホテルに泊まるのでなければ、安い宿がたくさんあるのだ。また、食事も安くできる。つまり、生活費が安くあがるということである。旅行の情報は、日本でも入手できる。ただし、治安情報は、よく確認しておいたほうがいい。

宿泊場所に治安がいいところを望むというのであれば、ホテルに泊まるのも一考だ。現地で手配するホテル宿泊代は、日本でするより安いことが多い。なお、現地での旅行用の基本的な言葉は、日本でも学習できる。

旅行のための言葉は、英語を共通語として使える地域では、日本語なまりのブロークンの英語でも結構通じる。簡単なコミュニケーションなら身振り手振りでもとれる。外国に行ってから、言語を学習するほうが、よく覚えられることもあるであろう。現地で、英語ツアーに入れば、格安な値段で、世界各地から来た人たちと一緒に観光地を回ることができる。

  ちなみに、カタカナ英語では、宿は「アコモデイション」といい、空室は「ヴェイカンシー」と言う。また、宿の設備は「ファシリティー」と言い、レンタカーで借りられる車(空いていて利用できる車)は「アベイラブル・カー」と言う。特別な用語・用法は、覚えておいたほうが便利である。

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マネーゲームと1個1円単位を売上げる実体経済

東京の下町には、「~螺子」とか、「~螺子工業」という名の町工場がたくさんあった。ところが、今ではこれらの町工場は、いろいろな事情で、倒産したり、廃業したり、また、郊外に移転することを余儀なくされたりして、その数を大きく減らしてしまった。

「螺子」とは、「らし」とも読むが、「ねじ」とも読む。つまり、「ネジ」のことである。製造されたネジは、たとえば、直径1ミリメートルで長さ3ミリメートルの小さなネジが、大きさが10センチメートル四方で深さ2センチメートルの、厚紙の箱に3万個入れられて、1個1円20銭で計3万6千円、などの値段で取引きされていた。これは、実体的経済の中で製造業として日本の工業を支えた中小零細企業の話である。しかし、今でもネジ製造を続けている事業者の話でもあるのだ。

つまり、現在もネジの製造をしている螺子工業には、1個1円単位のネジを製造しているところもあるのだ。これは、大手の電子機器製造会社に勤めている友人から聞いた話だが、以前は、1個が1円未満で、何十何銭という単価のネジの納入もあったという。しかし、さすがに最近では、単価1円未満のネジはなくなり、最低でも単価は1円になったそうだ。

ところで、この1個1円単位のネジを造る製造業が経済活動している実体経済と同じ土俵で、また、同じ貨幣単位で計算される市場経済の中で、マネーゲームで何億円、何兆円単位のバブルを煽ってその暴利を貪ってきた金融資本主義のもとの利益集団があるのだ。そして、そのバブルがはじけて大きな損失にあえぐその利益集団と共に、瓦解していく金融資本主義があるのだ。この金融資本主義には自己規律性がなかった。そこにはモラルハザードが容認されていた。

今、欧米の各国では、マネーゲームによる損失があまりにも大きいということで、その損失を政府が面倒みなければ、実体経済にもマイナスの影響を与えるということが喧伝(けんでん)されている。そして、金融機関などの不良債権を政府が買い上げることの是非が問題となっている。そこには、自己規律性がなかった金融資本主義のモラルハザードを宥恕していいのかどうかの議論があるのだ。

現在の世界経済は、マネーゲームで膨らんだバブルによるマネーがあふれている。このバブルを終息させなければ、実体経済は、架空経済の下敷きにされ、マネーゲームの草刈場(入会地)とされて、健全な循環型経済は機能しないであろう。

米国発のバブル崩壊による世界の金融危機は、金融資本主義のもとで、金融機関などが、自ら参入していたマネーゲームの決済資金に逼迫したことに大きな原因がある。したがって、資金繰りが逼迫している金融機関などでは、それを信用収縮と呼ぼうが呼ぶまいが、他者に貸出す資金を手当てするどころではない。

今、このようなマネーゲームを正当化させてきた、自己規律性を持たない金融資本主義は、終焉の時を迎えているといえよう。この終焉の時を、いたずらに先に延ばすべきではないのだ。ここは一気に膿(うみ)を出し、経済の健全さを取り戻す、またとないチャンスである。

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国産旅客機製造の悲願達成には、政府が資金を援助すべきだ!

 昨今、マネーゲームに明け暮れていた世界の金融機関などの、架空経済の取引の横行が巷間を騒がす中で、対極にある実体経済の世界で実績を積み上げていた日本の自動車産業は、優秀であると聞く。日本の自動車は、世界の中で高い評価を得ている。故障が少なく、燃費がよいうえ、操作しやすいという。このような優秀な自動車を造ることができる日本には、優秀な航空機を造る技術とノウハウが今でも十分に備わっていると思う。

れは、日本には、ゼロ戦や飛竜などの優秀な国産航空機を造ってきた実績と歴史があり、これが、現在の優秀な日本製自動車を造るための技術とノウハウの基礎となってきたと言われているからだ。(参照:NikkeyのBPnet「時評コラム」、猪瀬直樹氏の「眼からウロコ」、「日本は航空主権を回復する必要がある。」)

 ところが日本では、国産のプロペラ機であった旅客機、YS-11が世界の空を飛び回っていたにもかかわらず、製造を中止してしまっているのである。もし、この飛行機の後継機を開発し、さらにジェット機の製造を模索していれば、日本は、それまで蓄積された技術とノウハウを持続、発展させながら、もっと輸送量が多くて、燃料効率のよい、安全な飛行機を製造し続けていたであろう。そうすれば、世界の空には、もっと安全な航空機輸送が確保されていたと思うのだ。

 現在、日本では三菱重工やホンダ、富士重工などが、それぞれ国産の航空機事業を推進している。また、IHI(もと石川島播磨重工)は、国産軍用機のエンジンを開発している。そして、ヤマハ発動機は、農薬散布などにも使える無人操縦ができるヘリコプターを製造している。この中でも三菱重工は、MRJ(三菱・リージョナル・ジェット)といわれる近距離用の小型国産旅客機の開発を推進しているのだ。

  しかし、一私企業がそれぞれにこの国産の航空機を造る事業を推進するには、いろいろな高いハードルがあるであろう。まず、第一に開発資金の問題、第二に製造技術の問題、そして、第三に販売方法の問題、さらに、第四に国産機開発のモチベーションの問題などである。

  第一の開発資金の問題であるが、旅客機製造となると、研究開発費の膨大さもさることながら、製造ラインも大掛かりになり、先行投資が莫大になる。これは、持続的に製造と販売で企業活動が円滑に回り始めるまでには、その莫大な資金を手当てする必要があるからである。これには、国家的プロジェクトとして、政府が資金援助するのが望ましい。つまり、政府が主導して、資金援助を行うべきであろうと思うのだ。

  第二に製造技術の問題である。日本は、流体力学や航空工学、構造力学、素材工学などに関する技術やノウハウの研究開発に優れている。しかし、航空機製造に関する技術の全てを一私企業に委ねるのは、余りにも荷が重過ぎると思うのだ。航空機の製造には、新規の技術開発のみならず、特許権や意匠権などの知的所有権に関わる問題もあり、複雑である。ここは、産業技術総合研究所などの3つ以上の機関に航空機製造のための技術とノウハウの研究成果を蓄積させ、国家的プロジェクトとして実施すべきであろう。

  この3つ以上の機関とは、研究成果を蓄積させる機関であるが、これは、鼎立(ていりつ)以上で、つまり3つ以上の複数であることが望ましい。それは、第四のハードルにも関係することだが、国産航空機開発のモチベーションに対し、技術的な問題などで、他国からの切り崩しや妨害にあった場合に、防戦する力を温存し、挑戦し続けるモチベーションを持続させるためである。

  第三に販売方法であるが、かの超大国では、政府機関が自国製の旅客機や軍用機の販売を推進している事実がある。政府機関を動員して、外交問題に絡めてセールス活動を行っているのだ。したがって、日本勢が航空機部門で世界的な販売の中で競争するには、やはり、国家的プロジェクトとして実践しなければ、勝算はおろか、また、製造中止されたYS-11の二の舞を踏むことになってしまう危険がある。ここには、国の関与、サポートが大事であろう。

  第四に国産航空機開発のモチベーションの問題である。株式会社であれば、その目的は利益追求が第一義であろう。だとすれば、営業戦略として、他の事業部門で利益をあげることとの衡量から、国産航空機製造部門の発展拡充の勢いが減衰させられ、開発のモチベーションが低下したり、消滅したりすることが考えられる。これは、他国の航空機製造会社やその会社を擁する国家からの切り崩しにあった場合などである。たとえば、ボーング機の主翼の一部や尾翼の一部などの製造委託や、自動車や重機などの受注と引き換えに、国産旅客機の開発の断念を迫られるなどの場合である。

  これを防止するために、国産航空機の製造には、企業グループを結集させ、2社以上の国策会社を立ち上げることが効果的であろう。そうすれば、これらの国策会社は、国家的プロジェクトとしての資金や技術などのサポートのもとで、お互いに競争しながら、速やかに、優秀で安全な国産航空機を、安定的に製造できるであろう。なお、航空機には、ジェット機ばかりではなく、地方の短い滑走路でも利用できるプロペラ機やヘリコプターもあるのだ。そして、旅客機には、遠距離用もあり、大型機もあるのだ。日本の航空機製造会社には、製造する機種にバリエーションを持たせ、これらの製造も手がけて欲しいものである。

 製造した航空機の需要が見込めないというのであれば、日本の航空機産業を金縛りにしてきた「武器輸出三原則」を見直し、他国にも自由に販売できる道を模索するのも一考であろう。日本の航空機が輸出されたからといって、戦争の危険を増大させるものではない。なぜならば、日本が輸出しなくても、かの超大国が大量の戦闘機や武器弾薬を輸出しているからである。かの超大国の占領政策のもとで押し付けられた原則は、見直す時期に来ていると思うのだ。

  国産の航空機製造の悲願は、外圧をはね退けるためにも、政府主導による国家的プロジェクトのもとで行うべきである。技術立国といわれる日本には、国産航空機製造の優れた技術とノウハウを国家の政策目標として蓄積すべきである。それは、その技術とノウハウが、日本の他の製造業にも、大いに役立つと思うからである。また、航空機産業の裾野は、広大に広がるため、日本の製造業を支える中小零細企業にも活気をもたらし、実体経済の発展に大きく寄与してくれると思うからである。

その結果として、日本は、世界の空でより安全で確実な航空機輸送力を確保することに、大いに貢献することであろう。

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赤信号、みんなで渡れば怖くない方式のマネーゲーム

 アメリカ発の金融危機の原因は、ネズミ講にも似たマネーゲームの架空経済取引に、多くの金融機関などが参入していたことにある。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」方式の参入の仕方である。しかし、ネズミ講は、いずれ破綻することが計数的に証明されるので、日本では無限連鎖講として法律で禁止されているのだ。

このマネーゲームも、計数的にはいずれ破綻することが想定されていた。そして、これが破綻したのである。この架空経済取引が、アメリカ型の金融工学というまやかしの理論によって支えられ、アメリカ政府がこれにどっぷりと浸かり、規制すらしなかったことが、傷を大きくし、深くしてしまっている。世界の金融機関などが、このアメリカ型マネーゲームに参入し、みんなで渡れば怖くないという空気で、バブルで膨らんだ架空の利益を貪ってきたのである。これがヨーロッパ各国などにも深刻な金融危機をもたらしている。

土地が暴落し、株が暴落し、原油などが暴落している。「空売り」という手法を今さら規制してももう手遅れである。経済システムを根本的に改革し、実体経済中心のシステムに変えていく必要があるであろう。

 金融機関などは、ハイリスク・ハイリターンを求め、先物やデリバティブ、証券化商品などに投資し、大きな利益を上げ続け、それがいつまでも続く経済システムであるかのように錯覚しているかのようであった。それは、マネーゲームという、いわば「ばくち」である。そして、個人投資家や機関投資家に、これによる利益が確実であるかのように宣伝し、その購入を勧め、売買手数料を稼いでいた。

しかし、売買手数料だけでは、たかが知れた収入しか上げられないので、金融機関などやそのグループ企業みずからがこれらの胴元になり、その購入者にもなっているのだ。

したがって、たとえば投資信託などで損失が出れば、その損失を自分のところで背負うということは避けたいだろう。だとするならば、その損失は、誰が背負うか。これは、まず、一般投資家である。そして、次に機関投資家。最後に誰も背負わなくなった損失を金融機関などとそのグループ企業などが背負い、背負いきれなくなったところで破綻する。

この破綻の影響は甚大である。米国の大手証券会社、リーマン・ブラザーズの破綻の影響は何波にもわたる大きな津波となって、金融機関などの資金繰りを逼迫させ、世界の実体経済に大きな打撃を与えるであろう。それは、株式の先物取引などの二・三か月後の決済や、空売りの六か月以内の清算義務などが、待ったなしで回ってくるからである。そのたびに株式相場は、清算売買や再度の空売りなどで乱高下し、最後に暴落するであろう。

アメリカ発のマネーゲームの破綻による損失を最終的に誰が負担するか。つまり、誰が最後にババを引くかである。そのババを誰にするかの駆け引きが始まっている。ここは、国家としての日本のみならず、日本銀行をはじめ日本の金融機関、各企業、ひいては国民一人ひとりが、自らがババにされないように十分注意する必要がある。

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音声認識装置と国会論戦

 おととい(10月1日)の衆議院本会議での国会の論戦を見ていると、どうも自民党側の発言者は、機械的音声認識装置には馴染まない発声と不明瞭な文意の日本語を話しているように思えた。

麻生首相も細田博之氏も声がくぐもり、音声認識をしてくれる機械が、日本語として判別してくれないのではという懸念が残った。麻生首相が先日行った国連の演説で、機械が自動翻訳してくれないから、再度スピーチをして欲しいとの要求があったとのエピソードは、うなずける話だ。 

これに反して、民主党の小沢代表や鳩山由紀夫氏の発声は明瞭であり、話の文脈の明快さから、これは音声認識装置が正常に働き、自動翻訳がスムーズになされるだろうと安心感を抱いた次第である。日本語は、「てにをは」を明確に、母音をはっきりと発声しなければ、聞きにくい言語なのである。

この国会論戦を通じて、麻生首相になってからの初めての所信表明演説で、政権与党の自民党の総裁である麻生首相が、野党の民主党にあからさまに敵意をむき出しにして、誹謗中傷している様は、選挙に敗北した野党のように思えたのは意外であった。

国会の場を議論の場ではなく、メディア対応の劇場型民主主義の舞台にしてはならないだろう。そして、議場の指向性マイクにも入ってしまうほどの野次と怒号からは、この国の国民主権に基づき、信任された国会議員がまじめに会議に臨んでいるのか、たいへん危惧される事態であることが分かった。

今後は、国会の議場内に備えられているテレビカメラには、野次と怒号に自動的に焦点が合うように設定し、その発声の主の声と形相(ぎょうそう)を全国民に向けて放映してもらいたいものである。

そうすれば、この民主主義の国家における国民の知る権利に大いに貢献してくれると思うのである。それは、国民が、国会に送り出す国会議員という国民の代表を選ぶための選択基準を得るのに、大いに貢献してくれるであろう。

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