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未明と北日本から (その2)

「北日本」という言葉は、元来の日本語では新潟県や富山県や石川県などの北陸地方を指し示す言葉であった。この言葉を気象庁は、「予報用語」の縛り(しばり)で、東北地方の北部や北海道を含む地域を指す言葉に変えてしまっているのだ。これは、日本文化や日本語を冒涜(ぼうとく)するとんでもないことだ。

従来の日本語では、秋田県や青森県や岩手県を「北日本」と表現することは無かった。また、「トンネルを抜けると雪国であった」と、ノーベル文学賞を受賞した小説家である川端康成が書いた『雪国』に表現されているように、日本文化の中心であった江戸東京から北に向かうと、「雪国」があり、そこは「北国」であり、「北日本」であったのだ。そしてこの地域は「北日本」と表現されてきたし、今でも「北日本新聞」があり、「北日本製菓」の本拠地がこの北陸地方にあったし、「北日本」を冠している企業名も多いのだ。そのうえ、北陸地方には、「北国」を冠した企業名も多いのだ。

しかしながら、このように「未明」や「北日本」の日本語の意味を気象庁が変えることができて、日本人がいつも耳にする天気予報やニュースで使われる言葉が、これによって変えられてしまうという由々しき結果を招いているのだ。気象庁やNHKの気象情報を良く聴いていると分かるが、どうやら北海道は東日本には入らないようだ。それは、東日本は本州北部までで、東日本の他に北日本があるような表現が頻出しているからだ。そして、日本の国語行政を所掌する文部科学省は、これを黙認しているかのようだ。NHKも黙認しているようだ。むしろ、NHKはこの日本語の語彙の意味を変えてしまうことの共同正犯なのかも知れない。

そのうえ問題なのは、気象庁が規制する「予報用語」やその他の義務教育で使われる「用語」と、文科省が所掌する「国語」の整合性を図ったり、調整したりする機関がないことだ。日本にも、「国語」を監視し、護り、指導する独立した機関が必要である。日本語での表現や表記の基準を遵守するよう指導する機関が必要なのである。安全保障上も、外国からの圧力で日本語を破壊されてはならない。多くの独立国家が持っているような、これらの機能を持つ、独立した「国語センター」が必要である。

さらに、「国語」を神社仏閣や仏像や絵画と同列に論じるべきではない。文化審議会の一分科会に国語を審議させるなど、この国の国語行政は、心許(こころもと)ない。「国語」は、その国の文化の根幹であり、国民のアイデンティテイーの基礎をなす。国語には安定性と普遍性が求められるのだ。大正や昭和に習った国語の「未明」や「北日本」の意味と平成に習ったそれらの意味が違ってはならないからだ。また、天気予報で言う「未明」や「北日本」の意味と、天気予報以外の報道や日常会話で使うそれらの意味が違ってはならないからだ。

 特に「北日本」について言えば、世界には、大西洋からカリブ海にまたがってある「西インド諸島」など、実際のインドとはかけ離れた地域の呼称があり、また、「東南アジア」のインドネシアやシンガポール、マレーシアなどよりも北側の、ネパールやインドやバングラディシュなどを指す「南アジア」という呼称があることを考えるべきだ。その地域の呼称は文化の一部であり、その意味を大事にすべきである。

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