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冤罪を生む威迫的取調べとメディアの報道

  菅家利和さんの冤罪が、今日(3月26日)、再審の裁判上でも明らかになり、正式に無罪であることが裁判所により判示された。再審による無罪判決だ。この事件は冤罪事件として、後世に長くその名を留めることであろう。事件名は「足利事件」という。

 どうしてこんな冤罪事件が生じたのであろうか。菅家さんが逮捕された当時、警察側からのリークで、メディアも、さも菅家さんが4歳の幼女殺しの真犯人であるかのように確定的に報道し続けた。そして、菅家さんが幼女殺害の真犯人であり、極悪非道な人間であるかのような世論が醸成されたのだ。

菅家さんは、殺された幼女が通う保育園のバスの運転手だった。性格がおとなしく、人の心理的な誘導に乗りやすいタイプだ。そして、菅家さんは、無実の罪で無期懲役刑を宣告され、長期間拘束されていたのだ。未決勾留の期間と無期懲役刑で監獄に閉じ込められていた期間は、合計で17年半にも及ぶ。

 警察と検察側の主張では、当時のDNA鑑定結果が証拠であった。しかし、DNA鑑定は間違いで、菅家さん本人のものではなかった。菅家さんは、いかに無念であっただろうか。自分が行っていない犯罪をでっち上げられ、無実を訴えても、公権力側は、誰も取り上げてくれなかった。

真実を語っても、警察も検察も、裁判所までもが理解してくれなかったし、信じてくれなかった。警察や検察の取調べでは、強権的に自白を誘導された。ほとんど拷問にも近い取調べ方だ。PTSDが疑われるような連日に渡る長時間の取調べと恫喝や威迫があったようだ。家族からも見放され、収監されている最中に父親も亡くなった。

どうしてこんなことが起きたのだろうか。この幼女殺害の真犯人は、のうのうとして逃げおおせた。菅家さんが逮捕され、収監されているのを知って、ほくそ笑んでいたことであろう。万一今更、真犯人が出てきても、既に公訴時効が成立していて、処罰できない。

この菅家さん事件以外では、冤罪は無いのだろうか。今、再審を求める訴えが各地で起きている。検察も警察も、もう一度、日本国憲法の人権規定を再確認し、特に、「疑わしきは被告人の利益に」や「推定無罪」、そして、犯罪を証明する証拠が「本人の自白のみ」である場合には処罰できないなどの、刑事訴訟の鉄則とその背景思想を再認識すべきである。

これにより、万一、真犯人を取り逃がしたとしても、冤罪による犠牲者が出ない方を日本国憲法は選択しているのだ。今回の冤罪事件の被害者、菅家利和さんは、無期懲役刑の判決確定により、収監されていたから命だけは助かった。しかし、もし万一、これが死刑の宣告だったら、どうしようも無かった。

そう思うと、警察と検察側のリークに踊らされ、確定していない被疑事実をさも犯罪事実であるかのような報道をするメディア側を規制する法律が必要ではないかとも思う。報道の自由にも、自ずと限度があることをメディア側は、再確認すべきだ。そして、逆に公権力側の落ち度や不手際を追求すべきだ。

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安直な茨城空港

今年の春の彼岸の中日は3月21日(日)だった。この日、マイカーを使って茨城空港を見学のために訪ねた。埼玉県南東部地域からは、常磐自動車道(常磐道)の三郷ICから高速道路を利用するのが便利だ。常磐道を水戸、いわき方向に向かい、千代田石岡ICで高速を降りる。高速道路料金は、休日のETC割引を使って片道1,050円であった。

午前11時25分に家を出発し、空港に着いたのは午後0時57分だった。車のトリップメーターでは、空港までの距離は約81キロメートル。途中、千代田パーキングエリアでトイレ休憩約10分をとったので、実質の所要時間は1時間22分だ。つまり、約1時間半で現着できるという計算だ。

この日の道路交通の状況は、三郷ICに至る外環道の脇の国道298号線が込んでいた。そして、常磐道を千代田石岡ICから出て、国道6号線(水戸街道)に入ってからも、渋滞していた。また、その先も、渋滞していた。土曜日を入れると3連休の中日(なかび)となるこの日は、当然、混雑が予想された。お彼岸の中日(ちゅうにち)でもあり、墓参りのための車も多く出ていたであろう。

しかし、その渋滞があっても、約1時間半で茨城空港に到着できたのである。車を利用した場合のこの空港へのアクセスは、埼玉県南東部地域から羽田空港や成田空港へ行くよりも、所要時間が短いという結果であった。そして、空港の正面玄関前には1,300台収容の広大な無料の駐車場がある。駐車場の一番離れたところに車を停めても、5分もあれば徒歩で空港ビル内に入れるだろう。

この茨城空港への道案内は、常磐道と国道6号線には、飛行機マークと矢印で表示されている。空港までのキロ数を表示しているのもある。とりあえず目指すのは航空自衛隊の百里基地だ。ただし、茨城航空は、この基地に隣接しているとは言え、百里基地の正面玄関とは違う場所に空港利用のための道路が新設されている。しかし、飛行機マークを辿れば、簡単に到着できるだろう。

埼玉県南東部地域には東武伊勢崎線(浅草から東武日光を結んでいる鉄道)の新越谷駅(急行停車駅。JR武蔵野線は「南越谷駅」の駅名で、隣接で乗換駅)があり、ここから現在、成田空港や羽田空港へ定期バスが運行されている。もし今後、ここから茨城空港への定期バス便が運行されれば、首都圏西部からの茨城空港へのアクセスは、大変便利なものとなるであろう。新越谷(JR南越谷)へは、首都圏の西側から東急線直通の半蔵門線や小田急線直通の日比谷線も乗り入れているからだ。また、JRAの府中競馬場がある府中本町駅と東京駅を結ぶJR武蔵野線も通っているからだ。

ところで、この日の茨城空港は、見学者用の駐車場が区割りされ、大勢の見学者の車で混雑していた。また、空港ビル内も、人、人、人であった。ちょうど13時発の、現在唯一の定期便、アシアナ航空ソウル(インチョン)便が離陸するところだったので、展望デッキは大勢の見物客で溢れかえっていた。飛行機が、滑走路の左側から離陸して飛翔し、目の前を通過すると拍手が沸いた。たった1機のテイク・オフであったが、見学者にとっては記念すべき飛翔なのであろう。

空港ビルには、航空会社カウンターとしてアシアナ航空があるだけであった。そしてその左側に、レンタカー会社の1社のみのカウンターがあった。茨城空港が栄えるのはこれからだ。空港ビル内には、カウンタースペースとしても、まだまだ余裕がある。そして、空港ビルが手狭になったとしても、隣接の敷地に余裕があるため、増築は容易だろう。また、広大な航空自衛隊の百里基地に隣接しているため、滑走路の増設だって可能だろう。ここの周りに高い建物は全くないのだ。

今、世界中のLCCといわれる格安航空会社から茨城空港が注目されている。日本の3分の1以上の人口を擁する首都圏にありながら、空港使用料が安いからだ。ここから東アジアの台湾や、東南アジアのタイやマレーシア、シンガポール、そして、オセアニアのオーストラリアやニュージーランドなどに定期便が飛べば、凄く便利になるだろう。海外からの旅行客の増加も期待される。日本の首都圏の4千2百万人を超える人口の航空需要を支える一角を担う空港としても、茨城空港は今後ますますの発展が期待されるのだ。

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LCC就航が切望される茨城空港

首都圏で3番目の空港である茨城空港が、国内線旅客便のみならず国際線旅客便も離着陸できる空港として3月11日にオープンした。日本全国では98番目の空港だ。場所は、茨城県小美玉市(おみたまし)で、霞ヶ浦の北側だ。航空自衛隊の百里基地がある場所の隣だ。空港機能は、自衛隊と一部共用するという。これらのことは、メディアで大々的に報道されているので、周知のことであろう。

茨城空港は、Akkiiが住んでいる埼玉県南東部の地域からは、そう遠くはない。車を利用すれば、成田空港や羽田空港に行くのと同じくらいか、むしろ短い所要時間で行けそうだ。都市部を通らないので、渋滞を回避できると考えられるからだ。また、1,300台分の駐車スペースがあるという駐車場使用料が、無料であるというのも魅力だ。海外旅行へのモチベーションが高まる。

ところで、「首都圏」とは、東京都を中心とする関東地方の一都六県ぐらいと漠然と思っている人も多いと思うので、ここでこの日本の首都圏である関東地方の人口の凄さにつき、世界の人口との比較で検証してみたいと思う。

関東地方とは、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県の一都六県である。2010年2月1日現在の各都県の人口は、一部に概算値や推定値も入るが、各自治体が発表している人口統計では、次のとおりである。

1. 茨城県   2,966,146人

2. 栃木県   2,009,452人

3. 群馬県   2,004,025人

4. 埼玉県   7,173,680人

5. 千葉県   6,186,546人

6. 東京都  12,989,726人

7. 神奈川県  9,006,229人      合計 42,335,804人

上記の表から分かるように、関東地方の一都六県だけでも人口は4,233万人であるということである。これは、関東地方の人口だけでカナダの人口を超え、オーストラリアの人口の2倍以上であり、マレーシアの1・5倍以上で、また、台湾の2倍近くだ。日本の総人口は、2月1日現在の推定値で約1億2,740万人であるから、日本の人口の33%以上、つまり約3分の1の人口が、この関東地方に集中しているのだ。そして、経済規模としては、この関東地方だけで日本全国のGDPの4割近くを稼ぎ出しているのだ。

この人口と経済力に対し、首都圏で3番目の国際空港が当然あっていいし、3番目でもその航空需要は大きいだろう予測されるのだ。今までは、首都圏では千葉県にある成田空港と東京都にある羽田空港が、この人口に対する国際線航空路の空港であった。そのうち、羽田空港は、主に国内線旅客用の離着陸空港であったから、国際線旅客用の通常空港としては、成田空港のみであった。その羽田空港は、今年10月に4本目の滑走路が供用開始となり、国際線旅客の離着陸にも利用できるようになるが、それでも航空の需要と供給のバランスからは十分とは言えないだろう。また、成田空港や羽田空港は航空会社にとって、その使用料が高いことが問題となっているのだ。

これに対し、茨城空港は、空港使用料を低めに設定し、航空会社の利便性と経費節減を考えて、出発口と到着口を1階にしたり、乗客は、ボーディング・ブリッジ(搭乗橋)を利用しないで、直接タラップを使い、航空機内に乗り込む方式を採用したりしている。出発時に機体を押す車を使う手間を省いているのだ。これは、LCCやバジェット航空と言われる格安航空会社にとって、大きな魅力であろう。

航空需要としては、東アジアや東南アジア、そして、オセアニア方面への需要が高いであろう。茨城空港と韓国プサンや台湾の台北や高雄、マレーシアのペナンやコタキナバル、タイのバンコクやチェンマイ、オーストラリアのケアンズやゴールドコースト、ニュージーランドのオークランドなどへの便があれば、利用者が飛躍的に増大することが予想されるのだ。

今、世界には、LCC社が多い。東南アジアにもエア・アジアやセブ・パシフィック航空、タイガー・エアーウェイズ、ノック・エアーなどがあり、オセアニアにもジェットスター航空などがある。そのうち、セブ・パシフィック航空は、関西空港とフィリピンの首都・マニラを結ぶ航路で定期運航している。今後、世界のLCC各社が、茨城空港と海外とを結ぶ国際線の定期便を就航させれば、茨城空港は、大きく賑わうことは想像に難くない。首都圏に住む多くの住民は、それを切望しているのだ。

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世界旅行のための地球の科学 (その5)

海外旅行をしていると、「百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけにしかず)」という言葉が髣髴(ほうふつ)とされる情景や景観に遭遇することがある。それらから得られるのは、テレビの映像や写真集や文献などを見ただけでは、想像すらできない体で感じる驚愕であり、興奮である。これを言葉で語り尽そうとしても、尽くせるものではない。現実に観てみないと分からない。

それは、ベートーベンの「運命」や、ビゼーの「ファランドール」やドボルザークの「新世界より」を聴いていて、大太鼓を始めとする打楽器の響きが身体中に振動し、五感が心理的のみならず物理的にも共鳴するような驚愕であり、興奮である。

例えば、アメリカのグランド・キャニオンやカナダのナイアガラの滝やその滝底を現実に観たときであった。また、アイスフィールド・パークウエイをカルガリー空港で借りたレンタカーで走りながら、残雪を抱くカナディアン・ロッキーの峰々を観たときであった。そして、中国で万里の長城に上り、遥か遠くまで続いている石造りの塀の上をしばらく歩いてみたときであった。さらに、太平洋戦争中に日本軍が敷設したというタイのカンチャナブリーのクワイ川に架かる、泰緬鉄道(たいめんてつどう)の木造橋梁の線路上を歩き、谷底を見たときなどであった。

自然の造形作用は、人の想像を絶する。地球では、大地をえぐる侵食作用や山脈を造る造山活動、川が運ぶ大量の土砂の堆積とその流失が活発である。初めてグランド・キャニオンのリムに立ち、遥か遠くまで、コロラド川に流れ込む水の浸食作用で作られた赤茶けた岩稜を眺めたとき、総毛立った。映画では、アメリカインディアンと開拓者の戦いなどで、よく見た光景のグランド・キャニオンであるが、聞くのと見るのとは大違いではなくて、見るのと観るのとの大違いであった。英語では、パノラミック・ワンダー(panoramic wonder)という言葉があるが、まさにこれだ。

また、カナダのトロント空港からレンタカーを走らせ、ナイアガラ滝の直ぐ傍で、滝のしぶきを浴びながら滝の川面を眺め、その地響きと風圧が一緒になったような滝の振動に身体が共鳴したとき、身の毛がよだった。ここの滝は、大台ケ原から大杉谷をハイキングしたときに見たコバルトブルーの水がはじける滝や、熊野古道を歩いたとき見た那智ノ滝や日光観光でよく立ち寄る華厳ノ滝などとは全然違う。ナイアガラ滝は、日本語の「滝」の語感から遥かに逸脱しているのだ。スケールの大きさが全く違うのだ。

ところで、ヒトも自然界に生きる生物の一つであるという。国際的に生物多様性を保護し、維持する運動が盛んであるが、大西洋や地中海の黒マグロ同様、ヒトも種を維持するために努力しなければ絶滅は免れないだろう。今、ヒトが自然界に負荷を掛けすぎていることが問題となっているのだ。その負荷に対する地球の許容量にも限度がある。地下資源も無尽蔵ではない。大気も有限だ。

日本の自然界ではトキが絶滅し、現在、佐渡トキ保護センターで中国から譲り受けたトキを人工繁殖させ、日本の自然界にトキを放鳥する計画が遂行されている。最近のニュースでは、このトキも自然順化を試みるケージの中で、天敵のテンに襲われ、ケージの中にいた11羽のうちの9羽が死に、1羽が瀕死の状態であるという。

外敵対策は、生物の生死に関わる問題だ。ヒトの外敵対策は主権国家である場合、安全保障という言葉で語られる。歴史的には、その評価の当否を別にして述べれば、ヒトという生物種の外敵対策の努力の一つとして、中国に万里の長城が造られ、タイとビルマ間に泰緬鉄道が敷設されたと見ることもできる。

ヨーロッパ観光でライン川沿いの古城などを訪ねると、戦いに負けた隣国人の捕虜を奴隷として閉じ込めていた檻が至る所にある。同じ白人でありながら、戦勝国側は敗戦国側の住民を奴隷として使っていたのだ。足に重しと鉄鎖を付けて、檻に繋いでいたことも記録されている。ヒトを牛馬の如く繋いで、使役させていたのだ。日本では既に江戸時代の中頃の時期であっても、ヨーロッパでは未だこんな残虐行為が行われていたのだ。そんなに古い時代の話ではない。そして、これがアフリカの民族を苦しめた奴隷貿易や奴隷制度の素地となっていたことが分かる。海外の観光を通して、世界には、日本の歴史や社会や文化を当てはめて考えただけでは、想像もできないような現実があることが分かるのだ。

動物の生存競争は厳しい。自由と平和と安全は、ヒトという生物種にとって永遠の課題だ。海外旅行では、百聞は一見に如かず、という場面に多く出くわす。そして、その感動は若いうちに受けていたほうがいいだろう。世界観が変わり、人生観が変るかも知れない。より良い方向にである。日本人は、機会があれば、どんどん海外に出かけて行くべきだ。世界の若者が、海外の観光を楽しんでいる。バックパックを背負って、旅行先で親しくなって友人を作り、一緒に旅行を楽しんでいる光景によく出くわす。日本人にとって、日本円が各国通貨に対して強くなった今が、海外旅行のチャンスである。

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世界旅行のための地球の科学 (その4)

 成田空港からマレーシアの首都クアラルンプールまでのジェット旅客機を利用しての所要時間は、普通、往路が約7時間15分から25分、復路が約7時間10分だ。往路と復路で所要時間に差が出るのは、偏西風が影響している。往路は逆風でも、復路は順風だ。しかし、成田~クアラルンプールは、経度も稼ぐが、緯度も稼ぐ。東京が北緯35度付近なのに比べ、ここは北緯3度付近だ。つまり、南北間の距離の移動も長いのだ。

 今日(2010年3月11日)、霞ヶ浦の北側に首都圏で3番目の茨城空港が開港した。羽田空港と成田空港とこの茨城航空を結ぶと、底辺が長いトライアングルとなり、茨城空港はその一角をなす。ここからマレーシアのクアラルンプールやペナン、そしてタイのバンコクやチェンマイまで定期便が就航したら、日本の人口が集中している関東圏や東北の太平洋沿岸地域の人たちは、凄く便利になるだろう。距離も、成田空港からのものと殆んど変わらない。

クアラルンプールは、北緯約3度と低緯度地帯にあり、赤道に近いことから、夜が明けると太陽が急激に高く登り、日差しが強くなる。湿度も高い熱帯性気候だ。日本との経度の差は30度ほどで、太陽が南中する時間差にして約2時間だ。しかし、この地域では、一年中、普通の夏時間と同じように時刻が1時間進んでいるように標準時間を設定している。したがって、クアラルンプールは、日本からみた時差はマイナス1時間だ。したがって、日本から現地に着いた場合には、時計を1時間戻すことになる。

ここ熱帯地方の住人達は、日中は殆んど歩き回らない。日差しが強く、太陽光が地面を真上から照射する時間が長くて、暑いからだ。現地の人たちは、日中の炎天下を歩き回ることが、体に良くないことを知っている。庶民の足としては、バス利用が多い。バスは路線が多く、頻繁に運行されている。また、都市部では、地下鉄や都市高速鉄道が発達している。タクシーも多い。

 同じようにタイの首都バンコクについて考えてみる。成田空港からバンコクまでジェット旅客機を利用した場合の所要時間は、普通、往路が約6時間30分から40分、復路が約6時間10分だ。バンコクの経度は東経約100度だ。ここも東経135度を日本時間の基準子午線としている日本からみれば、経度で30度余り、太陽が南中する時間差で2時間余りの差に相当する。日本からみた時差はマイナス2時間だ。したがって、日本から現地に着いた場合には、時計を2時間戻すことになる。

 バンコクは、クアラルンプールに比べたら緯度が北緯14度前後であるから、緯度が多少高い。しかし、ここも熱帯地方だ。日中は日差しが強く、暑い。したがって、ここで暮らしている人たちも、クアラルンプール同様、日中は殆んど歩き回らない。一般に、炎天下では、徒歩で1キロメートルも歩くことはないだろう。日本のように健康のために万歩計を付けて歩くことなどは考えられない。したがって、バイクタクシーやトゥクトゥクやソンテウといった、庶民の足となる乗り物が発達している。日本人の癖が出て、日中歩いていると、これら庶民の足が近寄ってきて、しきりに乗らないかと誘ってくる。

 マレーシアでは放し飼いの犬を路上で見かけることは無いが、タイでは放し飼いの犬がそこいら中に沢山いる。タイでは宗教柄、犬を大事にしているのだ。犬達は人を怖がらない。日中の暑い時などには、人が頻繁に歩く歩道などでも、少しの日陰があると、犬達は歩道に前後の足を投げ出し、シッポを投げ出して、寝そべってゴロゴロしている。そして、人がこれをよけて歩くのだ。

 これはタイの首都バンコクの繁華街、スクンビット通りの脇路地などでも頻繁に見られる光景だ。スクンビット通り周辺には、海外からのロングステイヤーが数多く住んでいる。当然、日本人も多い。ここの脇路地は、タイ語で「ソイ」といい、それぞれに番号が付けられている。例えばソイ55に面した高層のコンドミニアムなどでは、すし店も入り、日本人が数多くロングステイしているのだ。しかし、ここは熱帯地方だ。年間を通して最高気温が30度~35度と高く、長期滞在者は、暑さからくる体調不良や「南洋ボケ」といわれる言葉があるのを考え、思考力の減退には注意が必要だ。

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世界旅行のための地球の科学 (その3)

世界を旅するための頭の体操の続きである。冬季オリンピックに続き、パラリンピックが行われるカナダのバンクーバーは、現地時間の3月の第2日曜日から夏時間(サマータイム)となるようだ。そうすると、パラリンピックの開会式がある3月12日(金)は標準時間で、その翌々日の3月14日()は夏時間に変更されるのだろうか。こんな世界的行事が予定されているときにその変更があるのかどうか、不明であった。

バンクーバーの夏時間とは、日本時間からみて標準時差がマイナス17時間であったのが、現地時刻が1時間早くなり、マイナス16時間となるのだ。それをネットで調べても、いろいろな情報が飛び交い、明確な回答が得られなかった。そこでカナダ大使館に電話したところ、質問事項を簡単に書いて、FAXで問い合わせるようにと指示され、昼にそのFAXをした。すると夕方には、カナダ大使館広報部から回答があった。

それによると、夏時間は3月の第2日曜日から11月の第1日曜日となっているという。今年は、現地時間の3月14から11月7日までが夏時間ということになる。そして、その回答には、親切にもパラリンピックのスケジュールのコピーが添えられてあった。それによると、パラリンピックの開会式は、現地時間の3月12日(金)18時からであることが分かった。その翌々日の14日()からは、時間が1時間早くなる夏時間である。したがって、開会式の次の日の13日(土)の夜は、1時間短くなるということになる。

特にこの夏時間で、当方の思考の混乱に拍車をかけ、混迷を深めさせたのは、ネット検索によるJAL(日本航空)のWEBサイト「世界時計、カレンダー」があったからだ。そこでは、日本時間が3月9日10時30分の時点で、バンクーバーの現地時間が「3月8日18:30」で、「GMT-07:00」とサマータイムで表示されていたからだ。

日本航空(JAL)が、間違って表示することは無いだろうという前提で考えていたが、これはカナダ大使館からのメッセージが正しいとすると、JALが間違っているということになる。日本航空が経営不振のあおりで現地情報に疎くなっているとは考えたくないが、昨年3月の第2日曜日が3月8日で、昨年はこの日からサマータイムが始まっているのを、そのままの日付で今年のサマータイムを表示し始めたのであろうか。俄かには信じがたい現象である。

ところで、ここで述べたかったのは、バンクーバーの標準時差が17時間であるのは、(その2)で述べたが、なぜマイナスなのかということについてである。

それは、こうである。まず、太陽の動きの方向で考えると、イギリスのグリニッジ標準時の基準子午線である東経も西経も0度の経線かみて、日本は日付変更線に近いほうにある。日付変更線を照らした太陽は、日本を照らした後で、イギリスに向かう。したがって、日本時間の時刻は、グリニッジ標準時よりも早く進んでいることは既に述べた。この早く進んでいるということが、「プラス」なのである。そして、グリニッジ標準時との時差は、グリニッジからみてプラス9時間なのだ。

この時差が、プラス9時間であることは、日本の明石市を通る東経135度の子午線の数値135度を太陽が1時間あたりで動く15度(これは、相対的に地球が1時間で自転する角度15度である)で割ると9時間となり、135度は9時間に相当する太陽の動き(地球の自転の角度)であることが分かる。これはグリニッジ標準時からみてプラスであるから、日本時間は、「GMT+09:00」という表示になる。GMTとは、”Greenwich Mean Time”の略号である。

これを逆にして日本時間からみれば、グリニッジ標準時はマイナス9時間なのである。つまり、日本が午前11時の時に、イギリスは、11時-9時で2時となり、草木も眠るといわれる真夜中の午前2時なのだ。

そして、バンクーバーでは、近くを通る西経120度の子午線を、グリニッジの経度0度の子午線を照らした太陽が8時間後に通過することになる。したがって、バンクーバー時間は、グリニッジ標準時から見てマイナス8時間である。標準時間では「GMT-08:00」という表示である。

さらに、日本時間からみれば、グリニッジ標準時がマイナス9時間、そこからバンクーバー時間がマイナス8時間であるから、バンクーバー時間は、マイナス9時間 + マイナス8時間の合計でマイナス17時間となるのだ。これを逆にして、バンクーバー時間から日本時間をみた場合には、反対にプラス17時間となる。したがって、パラリンピックの開会式が予定されているバンクーバー時間の3月12日(金)午後6時は、17時間をプラスして、日本時間では3月13日(土)午前11時となるのだ。そして現地時間の3月14日(日)からは、夏時間となり、現地時間に16時間をプラスして日本時間を計算することになるのだ。

ここで注意すべきことがある。それは、海外旅行や海外ロングステイ先での生活の実際を考えると、日付や時刻を無視して、夜が明ける時間や日が暮れる時間を考える必要があることである。これは滞在中の現地から日本の家族に電話をかけるときなどに重要である。それはバンクーバーの夜が明けてから約7時間後に東京の夜が明けるし、また、バンクーバーに夜の帳(とばり)が下りてから約7時間後に東京に夜の帳が下りるということである。これは1日24時間に対し、標準時差が17時間であることから、24時間マイナス17時間は7時間であることからも分かる。人為的に設けられた日付変更線や子午線や標準時間は、地球の自然現象には影響していないのである。つまり、「それでも地球は回っている」のである。

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世界旅行のための地球の科学 (その2)

 頭の体操の続きである。地球は1日で1回の自転を繰り返している。太陽に対し、24時間で360度回転しているのだ。そこで360度を24時間で割ると1時間あたりの回転角度が分かる。つまり地球は太陽に対し、毎時15度のスピードで自転しているということになる。

 このため、世界の国々では、一般にそれぞれの国々を通る子午線を基準として、太陽が南中する平均太陽時間を昼の12時として標準時間を定めている。しかも、1時間15度の回転であるから、15の整数倍の子午線を基準としたほうが、イギリスのグリニッジ標準時や他国の標準時との時差を定めやすいため、一般にこの基準がとられ、その国の標準時を定める基準子午線としているのだ。

日本は、兵庫県明石市を通る東経135度を基準子午線として、日本標準時を定めている。そのため、グリニッジ標準時との時差はプラス9時間だ。135度を15度で割ると9となり、グリニッジより日本の方が日付変更線を通過した太陽が早く出るから、プラスの9時間となるのだ。

ところで、冬季オリンピックが行われたカナダのバンクーバーは、日本との時差は17時間で、基準子午線は西経120度だ。これは、120度割る15度で8であるから、このカナダ標準時とグリニッジ標準時との時差はマイナス8時間である。したがって、日本とバンクーバーとの時差は、8時間プラス9時間で、17時間であることが確認できる。

 これに対し、チリの現地時間で2月27日午前3時半過ぎに起きたチリ大地震は、日本時間の同午後3時半過ぎに起きたと報道されているから、チリ標準時と日本標準時との時差は12時間だ。これは、一方が夜半の午前0時であれば、他方が昼の正午0時であるという、丁度昼夜が逆になる図式の筈だ。

ところが、このチリを通る子午線は西経75度前後なのだ。これでは75度割る15度は5で、グリニッジ標準時との時差はマイナス5時間となる筈である。そうであれば、5時間プラス9時間で、日本とチリとの時差は14時間か、夏時間を考慮してもその前後1時間の違いとなるのが普通である。

これは、チリ大地震の発生時刻をメディアのニュース報道で見たときの疑問点であった。なぜ、太陽が南中する子午線から見たチリとの時差が14時間であるのに、実際の時差が12時間なのかは、はなはだ疑問であったのだ。

そしてその後、よくよく調べてみると、南半球にあるチリは、西経60度の子午線を基準子午線としていて、北半球とは季節が逆であるため、3月の第2週までを夏時間としているからであることが分かった。夏時間とは、時刻を1時間早めることである(ごくわずかであるが、例外もあり30分早めるという地域もある)。例えば午前10時であれば11時とするのである。これで納得である。

 世界には、このようにその国の政策により、標準時の正午を太陽が南中する時間より、大幅にずらせて標準時を定めている国々がある。そして、これらの国々に海外旅行に出かけた場合には、夜が明ける時刻も遅いが、夕暮れの時刻も遅いため、長い夜を楽しめるということになるのだ。

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世界旅行のための地球の科学 (その1)

人の脳細胞は、20歳を超える頃から急速に破壊され、減少していくという。そこで、ボケ防止のため、中学生でも知っている次の基礎知識を基に、海外旅行のための頭の体操をしてみようと考えた。

(1)     地球は1日24時間で1回転する。

(2)     1時間は60分で、1分は60秒で、1時間は3,600秒である。

(3)     円が1回転すると、360度回転したことになる。

(4)     光の速さは約30万キロメートル/秒であり、1秒間に地球を7回半周る。

(5)     音の速さは約340メートル/秒である。

光は、1秒間に地球を約7.5周する。つまり、光速は1秒で地球を約7回半も周るスピードなのだ。そして、光速は毎秒約30万キロメートルであるから、地球を赤道で輪切りにした場合にできる断面の円周を考えるとどうなるであろうか。光のスピードから考えれば、 30万㎞ ÷ 7.5回  =  4万㎞  となり、地球の円周は約4万キロメートルであることが分かる。

この約4万キロメートルが、地球の自転により24時間で1回転、つまり360度回転することで地球の1日24時間が過ぎる。ならば、赤道の表面が、ある一点を通過する時速はどうなるか。

4万㎞ ÷ 24時間  ≒  1,666.7km/時間 となる。つまり、地球の赤道付近は、時速約1,666.7㎞もの、凄いスピードで回転しているのだ。このスピードを3,600で割って秒速に換算すると約463m/秒だ。これに比べ、音速は約340m/秒であるから、地球の自転による赤道付近の回転速度はマッハ1.3以上なのだ。回転による遠心力で人や物が宇宙に放り出されないのは、地球に引力があるからだ。

そして、この回転速度が上空を流れるジェット気流を生む。このジェット気流は、カタカナ英語ではジェットストリームであり、偏西風とも言わる。蛇行したりするが常に西風だ。これは、地球が西から東に自転しているのに、地球表面では固定されていない大気が、慣性の法則により、そこに留まろうとすることから生じる。しかし、この慣性も、地球の自転に合わせ、地表のデコボコなどにつられ、動き出すことになる。大気の流れが生じるのだ。そして、風となる。そして、この大気の流れ自体が慣性となり、ジェットストリームとなるのだ。(偏西風については、地球の自転によるコリオリの力の影響など、もっと複雑なメカニズムがあるようであるが、ここではこの位に考えておこう。)

数年前までは、この地球の回転速度に追いつける旅客機が運航されていた。それは、マッハ2以上のスピードで飛べた超音速旅客機コンコルドである。しかし、200310月にこれが運航停止となってからは、今のところ音速を超える旅客機は就航していない。したがって、太陽が西に傾いている場合、赤道付近で太陽に追いつこうと旅客機で出かけても、旅客機よりも地球の回転速度が速いため、太陽が先に行ってしまうのである。つまり、日が暮れて夜になってしまうのだ。そして、偏西風が邪魔するため、航空機の速度も落ち、燃料消費量も増える。

 それでは、飛行機で日本から西側のイギリスやフランスやドイツなどのヨーロッパ方面にに出かける場合は、どのコースが良いのだろうか。これには北周りのコースが合理的である。それは地球儀を見れば分かる。ロシア上空から北極圏を越えるコースが最短コースとなり、偏西風の影響も少なくて済むのだ。東西冷戦時代、ロシアがソビエト連邦であった頃、旅客機は、ロシアのシベリア上空を通過できないために、ヨーロッパ方面へは、わざわざアラスカのアンカレッジを経由するという北周り航路が使われていた。その時代の苦労が偲ばれる。当時のアンカレッジ空港は、大勢のトランジットの旅行者などで賑わっていた。

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