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前原大臣に突きつけられた踏み絵と実行力

 民主党の前原誠司国土交通省が、八ツ場ダム中止でぶれない姿勢を貫いているのは、素晴らしいことだと思う。今、民主党を中心とする政権には、反対勢力からの切り崩しの陰謀と、踏み絵を迫ろうとするかのような策謀が、蠢(うごめ)いているように思えるからだ。

 関東の6都県の知事が、こぞって八ツ場ダムを視察し、ダム工事中止の撤回要請を行ったことが、メディアで報道されているが、これはパフォーマンスが行き過ぎているのではないか。200年に一度の大水害を想定して、ダムを造れとは大げさすぎる。過去に被害が出たカスリーン台風レベルの豪雨の想定であれば、遊水池を整備し、人為的に氾濫平野を造ることなどで、治水機能は大幅に増加する。また、既存のダムの浚渫(しゅんせつ)や河川改修でも治水機能は改善する。

それよりも、八ツ場ダムを造ろうとしていた地域の吾妻渓谷付近は、近くにある浅間山が過去に大噴火を繰り返したことから、噴出した火山礫や火山弾の堆積層が厚いことが心配されているのだ。それは、一部の地質学者も指摘しているように、多孔質の火山性噴出物は、水を遮断する力が極端に弱いということに心配の原因がある。

したがって、ここに巨大ダムを建設した場合に、ダム底にかかる巨大な水圧が災いして、大量の水がダム湖底を通過し、付近の地層や地下水脈や湯脈にどのような影響を与えるかが未知数であるということなのだ。それは、ダムを造った後で、ダム湖底からの水が、思わぬところから噴出するなどして、付近の住民にとんでもない被害が出ることすら想定されるということなのだ。そこには、マグマ溜まりと地下水脈の接触による水蒸気爆発の危険性も想定される。

そして、この地域には、今でも火山活動が活発な浅間山が近くにあることから、200年に一度の大地震や浅間山の火山の大爆発による被害のほうが、遥かに危険度が高いと想定されることだ。大地震により、軟弱な山体が崩落し、これに伴って大量の水を貯えた巨大ダムが崩落して、かえって大水害を惹き起こすことまで想定されるのだ。そのうえ、火山の噴出物がダム湖を埋め、ダムの治水利水の機能が完全に失われてしまうことすら想定され、その機能喪失後に、泥流が発生すれば、下流域の住民に甚大な被害をもたらすことすら想定されるのだ。

吾妻渓谷の美しい自然を破壊し、巨額の資金を投じて、こんなにリスキーな八ツ場ダムを造る必要はどこにあるのであろうか。今まで、国の方針でダム計画を実行してきたということは、今までの話である。ここには、新たに民主党を中心とする与党政権が誕生したのである。政権が変わった以上、従来の計画は撤回し、新たな治水利水の方策を模索することに何らの不都合は無いのではないか。

 八ツ場ダムの建設中止は撤回することなく、この地域には吾妻渓谷の自然の景観を生かした地域の活性化をはかるべきであろう。温泉源は、ダム湖に沈めることなく、有効に生かせる。そして、この地域に別荘地や保養施設などを造ることや、今、流行(はやり)のクライン・ガルテンなどの滞在型市民農園を造ることなどで、積極的な観光誘致が考えられる。また、巨大ダムが中止になったという話題性を生かして、多くの都市部の住民を呼び込むこともできるであろう。

民主党の前原国土交通相には、ここは踏ん張って頑張ってもらいたい。ここには、ぶれない政策の実行に踏み絵を突きつけられていると考え、ひたぶるに実行力を行使することが求められていると思うのだ。

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バリ島の邦人女性の半裸殺人事件(その3)

先月28日に発覚したバリ島の邦人女性半裸殺人事件は、世間の耳目を集めた。特に海外旅行を趣味とする人たちには、海外旅行のリスクとして、海外の治安状況が憂慮すべき事態であることが分かるキッカケとなった。そこでは、日本では、メディアに取り上げられていない性犯罪や強盗被害が、この他にも沢山あることを際立たせたのである。

それは、インドネシアのバリ島は、比較的治安が良いと喧伝(けんでん)されてきたから特にそうであった。旅行会社の宣伝(せんでん)では、「リゾート地の開放的な雰囲気漂う、南国の楽園バリ島」であろうが、実際は遥かに日本より治安が悪いことが分かったのである。日本人女性の性的被害や昏睡強盗被害が極めて多いと言うことが分かったのだ。

そして、この事件について、現地の在外公館である在インドネシア日本国大使館と在ジャカルタ日本国総領事館の共同のホームページ(HP)で注意起の情報を発出した。また、同内容は、外務省の海外安全ホームページインドネシア」検索できる。その注意喚起は、第1回目は犯人が逮捕される前の9月30日と、第2回目犯人が逮捕された後の10月8の2度に渡るのだ。

その情報によると、今回の半裸殺人事件は、警察官の服装をして、警察の身分証明書を提示した犯人により、被害者女性は宿泊先ホテルから連れ出されたことになる。そして、その他のメディアからの情報を総合すると、被害者女性と同室の友人女性も、同じ犯人からその被害者女性が連れ出される前に宿泊先ホテルから連れ出され、暴行に遭い、全裸のままで近くのホテルに飛び込み、すんでのところで難を逃れたと言う。その後、犯人はその宿泊先ホテルに戻り、被害者女性を連れ出し、同様の犯行を繰り返した。

しかし、これに対する旅行客側からの防備や注意とは、一体どこまですれば良いのであろうか。2回目の注意喚起の情報を眺めながら考えさせられてしまった。それは、2回目の注意喚起情報を良く吟味してみれば分かるが、今回の事件を防ぐのは、殆んどお手上げ状態であると思うからだ。

また、バリ島には、日本人の若い女性達を狙って、ビーチボーイと言われる若い男達が数多く暗躍し、親しげに日本語で語りかけ、言葉巧みに誘いかけてくるという。若い日本人女性に性的被害や強盗被害が多いと言うのだ。それは、日本人女性が集団で深夜のナイトクラブやディスコに出かけていても、飲み物や食べ物に睡眠薬などの薬物を仕組まれ、性的被害や昏睡強盗の被害に遭っていると言うことまで伝えられているのだ。そこでは、被害者が抵抗できない状態で犯罪被害に遭っているのだ。そこには、エイズ(HIV)などの性感染症の恐れも出てくる。知らない間に感染させられている懸念があるのだ。

ここには、こんな治安の悪いバリ島を楽園の如く宣伝して、犯罪被害の多発を招いてきた日本の旅行社にも、大きな責任があるであろう。また、日本の海外旅行業を監督する立場の国土交通省や、海外の邦人を擁護する立場の外務省も、今までバリ島で、若い日本人女性を狙った犯罪被害が多発していたのを等閑視していた責任があるであろう。

日本人女性は、彼らにとっていいターゲットなのであろう。それは、犯罪被害に遭っても、面倒を恐れ、加害者を追求することなく、泣き寝入りしてしまうからだ。日本人は、海外に出かけた場合に、言語的な不自由さから、自己主張したり反論したりすることに消極的になったり、脆弱(ぜいじゃく)になってしまう。しかし、これでは犯罪者達にやり得を許し、かえってその後も犯罪が多発するという条件を与えてしまう。

今回の半裸殺人事件は、警察官を装う26歳のインドネシア人の男による日本人女性に対するレイプと強盗、そして殺人事件である。日本であれば、強盗強姦殺人であり、罪状が極めて重い。この事件は、もっと真相を追究し、検証の上、強く注意喚起する題材とすべきであろう。そして、このような犯罪被害で泣き寝入りしない方策を講じるべきであろう。

しかし、日本の旅行業界や外務省は、この事件に早めの幕引きを図ったのであろうか。被害者女性の遺体は、現地で9月28日に発見されてから、10月1日には荼毘(だび)に付され、日本時間の10月2日には、遺族に付き添われ、成田に到着しているのである。この事件は、そう簡単に幕引きを図るべきではない。さらなる調査と追求が必要である。

日本の国土交通省や外務省は、この事件の背景にある旅行業者の宣伝内容や現地の治安状況を検証し、二度とこのような被害者を出さないために、現地国政府、そして日本の旅行業界に強く働きかけるべきである。

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東京の2016年五輪開催の落選

 北欧の国、デンマークの首都コペンハーゲンで、日本時間の10月2日夕方から、2016年夏季オリンピックの開催都市を選択する選挙のための各国のプレゼンテーションが行われた。鳩山由紀夫総理の演説も素晴らしかったし、石原慎太郎東京都知事のパフォーマンスも素晴らしかった。そして、3日に日付が変わった夜半過ぎにその選挙が行われた。最終審査で残っていた立候補都市は、東京、シカゴ、マドリッドとリオデジャネイロの四都市だ。

 あいにく日本は落選し、当選したのは南半球の国、ブラジルのリオデジャネイロだ。南米大陸で初の開催都市である。南半球の国は、北半球の日本などが冬を迎える時に夏を迎える。したがって、夏季オリンピックと言うからには、北半球が冬でない時期に五輪競技が行われるのであろう。

 リオデジャネイロは、リオとも言われ、夏はサンバのリズムも賑やかなカーニバルの季節だ。世界各国から観光客がここを訪れる。ブラジルは、かつてポルトガルの植民地であったため、国語はポルトガル語だ。中南米のほとんどの国がスペイン語を国語としているのとは対照的だ。

 そして、ブラジルは、かつて日本からの移民を数多く受け入れため、日系人も多く、日本とは関係の深い国だ。果たして、リオデジャネイロは、どんなオリンピックを見せてくれるのだろうか。今から楽しみである。

 一方、東京は、その次のオリンピック開催を目指すべきであろう。去年、東アジアの北京で行われたばかりの夏季五輪が、2016年に同じ東アジアの東京で開催されるとすることには、多くのIOC委員にとって、北京五輪と時間も地域も近接しているように思えたのではないだろうか。

西欧諸国で利用されている大西洋を中心とする世界地図では、日本は、右上隅のファーイースト、つまり極東にあり、中国はその隣国だ。去年開催された北京と同じ東アジアに位置する国、日本で、2016年の夏季オリンピックが開催されるとするのには、IOC委員の多くの賛成を勝ち得るのは難しかったであろう。

だとすれば、東京はその次の2020年の開催を目指すべきではないか。先が長い話であるが、今から準備すれば、万端が整う。そして、今から世界のIOC委員に対するイメージアップを図っていくべきである。また、国民世論も盛り上げていくべきである。

東京都知事の石原慎太郎氏は、立候補都市、東京の落選を悲嘆すべきではない。これを次へのステップの礎(いしずえ)と見るべきである。

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バリ島の邦人女性の半裸殺人事件(その2)

 リゾート地の開放的な雰囲気の漂うインドネシア・バリ島を旅行中の邦人女性(33歳)が、先月28日、半裸状態で殺害されて見つかった事件で、10月2日、容疑者が逮捕された。インドネシア人の男26歳で、親類から警察官の服装を入手し、警察官を装い、女性旅行者を狙って常習的に犯行に及んでいたという。

この事件は心配していた通り、日本のメディアには取り上げられていない、日本人女性に対する同様の被害が多数発生していたことを白日のもとに曝した。それは、この事件の陰に、警察官を装った男に性的暴行を受け、強盗されるという隠れた事件が数件あったことが分かったからだ。

この容疑者が、この半年間に日本人女性に対し、同様の6件の暴行と強盗を繰り返していたと自供していることと、この容疑者の自宅から女性旅行者から強奪した物品が多数発見されたことから、その事実が明らかになった。

なぜか日本のメディアは、この事件については控えめな報道しかしていないのが不思議であった。この事件の被害状況が、「強盗」と「殺害」という限定された態様で報道していることからも、そこには事の真実を報道するのを遠ざけようとする姿勢が感じられた。

しかし、それで良いのであろうか。警察官の服装をして、被害者から物を奪うため、被害者女性の抵抗を抑えるために下半身の着衣を剥ぎ取ったり(被害者はTシャツだけの半裸状態であった)、全身傷だらけで頭蓋骨陥没骨折に至るまでの強い暴行を加えたりするであろうか。物を奪うだけならこんな暴行は必要ないだろう。

つまり、これは明らかに、警察官を装った男が、被害者女性に性的暴行を加えようとしたのに対し、被害者が激しく抵抗したことを示している。そして、この男は、被害者女性の抵抗を抑圧し、性的暴行を加えた。この性的暴行とは、レイプのことであり強姦のことである。つまり、この被害者は、レイプされた上に強盗被害に遭っているのだ。そして、殺害された。

ところで、日本のメディアはこの報道に関し、「レイプ」や「強姦」という言葉を避けようとしているように感じる。しかし、報道が国民の知る権利に貢献するものである限り、事実を事実として伝え、国民に注意を喚起すべきであろう。そして、この事件をメディアや世論の俎上から簡単に葬り去り、幕引きを図るべきではない。

それは、比較的治安が良いとされているインドネシアのバリ島でも、日本に比べたら治安は遥かに良くないということであり、日本人女性の多数が性的被害や強盗被害などに遭っているという事実である。また、報道されないこれらの犯罪被害が多数発生しているという事実である。

そして、若い日本人女性を狙ったビーチボーイといわれる若い男達による性的被害が多いという事実である。また、薬物を仕組んだ飲み物や食べ物などによる昏睡強盗や性犯罪が多いという事実だ。男達は、親しげに日本語で話しかけ、巧みに誘いかけてくるという。

日本のメディアは、一部の旅行業者や旅行業界に遠慮して、海外旅行先や海外ロングステイ先に潜む危険を国民に知らせることを躊躇すべきではない。また、日本の外務省も、この問題につき、現地情報を踏まえ、検証の上、詳細な事実を国民に開示し、注意喚起すべきである。

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バリ島の邦人女性の半裸殺人事件(その1)

 9月28日、インドネシアのバリ島クタ地域のビーチ近くで、邦人女性の半裸死体が発見された。着衣はTシャツのみで、下半身は裸であったという。全身にスリ傷や打撲痕があり、強姦された上に殺されたらしい。頭蓋骨は、陥没骨折していたという。被害者は、神奈川県小田原市に在住の33歳の女性であるという。

 バリ島は、日本人観光客に人気の観光地で、インドネシアでも比較的治安が良いとされている地域である。特に若い日本人女性に人気の場所だ。しかし、被害者は、クタの街内の宿泊先ホテルに滞在していたところを、警察官を名乗る男に連れ出されという。その後、男は、被害者女性の宿泊先ホテルの部屋から被害者の旅行荷物も持ち出しているらしい。

 この事件についての日本のメディア報道はなぜか控えめであるが、被害者は、警察官を名乗る男に宿泊先ホテルから連れ出され、強姦された上に、殺害されて財物まで奪われた、という事になる。楽しいはずの海外旅行が、死出の旅路になってしまった。痛ましい事件である。被害者には心よりご冥福をお祈り申し上げる。

 この事件は、被害者の死亡という事で殺人事件にまで発展したため、ニュースで大きく取り上げられ、問題になった。しかし、邦人が被害者となる性的犯罪や強盗などの被害は、この比較的安全とされている海外の地域でも、日本よりは遥かに多く発生しているのだ。

 そこには、日本人観光客を狙った、スリやひったくり、置き引き、侵入窃盗や、日本人女性の性的被害などの事件が、かなりの数で起きているということである。すなわち、日本ではニュース報道にまでは至っていないこれらの事件が、相当数発生している、ということなのだ。

 日本人は、一般的におとなしく、言語的に不自由なためにクレームを言ったり、抗議したりする勢いが弱いとみなされている。そこが犯罪者につけ狙われる弱みとなっている。数人の女性で旅行していてさえも、これらの犯罪被害に遭っている女性グループもあるという。

 これらは、外務省が公開している「安全対策基礎データ」や、世界各地の在外公館(大使館や総領事館など)が編集している「安全の手引き」などに詳しい。外務省HP(ホームページ)にリンクしている渡航関連情報の海外安全ホームページから閲覧することができる。また、WEB検索で「外務省 安全の手引き」や「外務省 安全対策基礎データ タイ 性的被害」などのキーワードでも調べることができる。そして、各在外公館独自のHPもあるので、参考にすることを薦める。

海外旅行やロングステイに出かける際には、事前にこれらを参考にして海外旅行先や滞在場所を吟味する必要があるのだ。また、危険情報が出ている国や地域などへの渡航はできるだけ自粛するとともに、万一渡航する際には、自己責任で細心の注意をすることが必要だ。今、世界各地で「警察官」を名乗る者による犯罪被害に遭う事件が、多発しているというのだ。

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予算の無駄遣いと環境破壊のダム建設

与党の鳩山政権下、前原誠司国土交通相が、9月17日の就任会見で、八ツ場(やんば)ダムや川辺川ダムの建設中止を含む、全国の143ダム建設を見直す考えを示した。これは大歓迎すべきことだ。それは、次の理由から、ダムの建設は、予算の無駄遣いであり、自然破壊の最たるものだと考えるからだ。

各地の山を歩いていると、沢山のダムに遭遇する。それは、多目的の大型ダムであったり、発電用の中型ダムであったり、また、砂防ダムであったりする。しかし、その多くのダムが、湖底や川底に大量の土石が堆積し、実際にダムが貯水できる水量が甚だしく少ないだろうと思わせるもの多いのだ。

水を満々と湛えているように見えるダムでも、よく見るとその湖底は浅くなっている所が多い。利根川の上流の奥利根にある藤原ダムなどでもそうだ。また、砂防ダムに至っては、土石が堰堤の上辺の水準まで堆積していて、水が平坦になった土石の表面をただ流れているだけ、という所が多いのだ。

ここに特に顕著な実例を挙げよう。南アルプスの南側の麓、静岡県側には、フォッサ・マグナといわれる糸魚川―静岡構造線が通っている。この構造線に沿った大井川やその支流にも砂防ダムや多目的ダムが多い。赤石岳や光岳(てかりだけ)の登山口で有名な畑薙(はたなぎ)第一ダムという大型ダムは、近づくと湖底に大量の土石が堆積し、凄く浅くなっているのが見える。ダムの貯水量は、計画貯水量に比して極端に少ないだろう。その治水の機能が大きく低減しているのだ。

そしてまた、この地域では、特に山体の崩落が激しいせいか、数多くある砂防ダムの殆どが機能していないのだ。砂防ダムは、堰堤の縁の高さまで土砂が堆積していたら、土石流を止める機能はない。それどころか、ダムを造るための資材を運ぶためと称して、山を削って車道を造り、山腹の植生をズタズタに壊したことによる山体崩落が、かえって多いという結果、つまり、土石流がかえって多いという結果を招いているのだ。

地元の山岳ガイドが言っていた。「砂防ダムを造るから山が崩落し、川に土砂が流れ出す。砂防ダムは直ぐに土砂で埋まる。人為的な自然破壊の最たるものだ」と。川には、常時、崖から剥がれ落ち、川に向かって崩落する土石が観察できるのだ。そして、車道にも落石が絶えない。

ダム湖底に大量の土石が堆積し、ダムの貯水機能を減退させている地域は、この地域ばかりではない。全国至る所のダムに同様の傾向が見られる。多額の費用を投じて造ったダムが、その機能を発揮できていない所が多いのだ。そして、ダムの建設は、山を壊し、自然の河川を壊して、自然環境を破壊している。

こんなダムを造る予算があったら、既設のダム湖の浚渫(しゅんせつ)を行い、湖底の土石を除去して貯水量を確保し、また、土石流の予防のための機能を高めた方が、遥かに費用が安く済むし、これ以上の自然環境の破壊をしなくて済むであろう。そして、この方が遥かに治山治水にかなっているだろう。その上、これは新たにダムを作るよりも予算がかからず、自然環境にも遥かに優しい施策である。ここは、民主党を中心とする与党の政策に大いに期待したい。

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日本とアメリカは対等だ!

日本とアメリカは対等であるべきだ。しかし、このテーゼに対して、日本は軍事力でアメリカに負けているから対等にはなりえない、という言説がある。民主党の元代表の前原誠司氏も、 日米は対等にはなりえないと考えているようだ。これは、テレビのニュース番組の政治トークで知った。

ならば、対等でなかったなら、従属する立場なのであろうか。そして、その従属的立場を認めて、アメリカと対等ではないという立場に甘んじているべきなのだろうか。その関係は、具体的にはどのようなものであろうか。米国が日本の国防をコントロールすることを無条件で認めろと言うのであろうか。日本の外交政策上も安全保障上も重大な、この問題について考えてみる。

第二次世界大戦後から既に64年も経て、未だに日本国内に十箇所以上の米軍基地を含む134箇所もの米軍施設を存在させ、米国の意のままに軍事や経済をコントロールされることに甘んじなければならないという理由は、どこを探しても見当たらないのではないか。日本は、アメリカの属国でもなく、属領でもないのだ。

同じく大戦後に連合国軍の占領下にあったドイツですら、冷戦下ではで東西ドイツに分断されていたが、その冷戦後に東西ドイツが統合されると、西ドイツ地域にあった米軍基地を縮小させ、米国との関係を正常化させてきた。

ところが、日本では未だにアメリカの意のままに不平等な地位協定を呑まされて、米軍基地が日本に温存されて来たように思えるのだ。日本の米軍基地を維持するのに日本が負担している費用は膨大な額に登る。そこには、思いやり予算などを含めて年間5,000億円以上が毎年投下されているのだ。

しかし、日本と米国は、パートナーシップとして対等でなければならないだろう。日本が米国と対比して、軍事力が劣勢であるということは、次元が違う論理であるからだ。このパートナーシップとして対等な関係とは、お互いに国家主権を認め、国家の権能において対等である、ということが前提の論理である。

これは、例えば、日本と東南アジアの国々とは、パートナーシップで連携すべきである、という言説に対し、日本の方がこれらの国々に比較し、経済力ではるかに勝っているので対等ではない、という論理と軌を一にする。しかし、これは間違いだ。

すなわち、経済力や軍事力に大きな格差があったとしても、国家間においては、パートナーシップ、つまり、対等な関係を結ぶことができるのである。つまり、日本とアメリカは、パートナーシップとして、対等な軍事同盟関係を結ぶことができるし、日本はそれを求め、堂々と主張していくべきなのである。

したがって、民主党の前原誠司元代表が数日前、テレビの政治トークで、米国は軍事力で日本よりはるかに優勢なので日米は対等な関係にはなりえない、という主張に対し、それに同意するような見解を述べていたが、これは間違いだ。外交交渉にあっては対等な関係を主張すべきであるからだ。

つまり、民主党は、いたずらに控えめに自分達の論調を緩めたり、歪めたりするのではなく、言葉の真の意味を述べて、堂々と反論すべきである。そして、日米の対等なパートナーシップを要求し、主張していくべきである。

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民主党は現実路線で国民の安心と安全を

総選挙で自民党に圧勝した民主党は、国会における議席として、衆議院では安定的多数を占めてはいるが、参議院では単独では過半数を占めていない。したがって、今後の国会運営は、今まで野党であった共産党や社民党、国民新党などの意見にも配慮していく必要があるであろう。

しかし、民主党は、各党の意見が整わないからと言って、安全保障政策をないがしろにしてはならない。民主党は責任ある政党として、現実に即して行動しなければならない。国民の安心・安全のためには、国防力も必要だ。これは、世界各国の警察に武器を持たない警察が無いように、現実には自国の国防のために武器を持たないで安全を維持できることは、考えられないからである。これには外交史や国際関係論などからの知見が必要である。

現在は、国際社会を安泰にするための国際警察というものは無いのだ。これは武力抗争を伴う国際紛争が多発している現状を見れば分かるが、国際紛争には国連も十分には機能していないのである。昨今、どのような紛争が世界各地で起きているかは、『図解「世界の紛争地図」の読み方』(中村恭一・監修/造事務所・編著、2006年12月、PHP文庫)に詳しい。

現在の東アジアでは、中国も北朝鮮も核武装している。つまり、日本は、核兵器を武器とする軍事国家に取り囲まれているのだ。したがって、日本には、国防力としては、現状では核の抑止力として、核の傘も必要だろう。つまり、現時点の日本には、米国の軍事同盟国として、国防力の補完関係は必要な選択なのである。(しかし、米軍は北朝鮮の弾道ミサイル発射の情報や中国の原子力潜水艦の日本領海侵犯の情報を得ていながら、日本側に積極的に情報を提供しなかったことがある。中国の原潜の日本領海侵犯では、やすやすとこれを長時間に渡り行わせて、見逃す結果となっている。)

しかし、今後は日本も、独自の国防力の保持に努力する必要があるであろう。日本が有事の際には、いつでも米国が日本を守ってくれると考えるのは、間違いであり、危険だ。今までの世界史をみても、そんな行動をする国家はなかった。また、米国の同盟国であるからと言っても、同国から輸入している航空機のコントロール装置やコンピュータの基本ソフトが、ブラックボックスで提供されているなどの不都合は、排除していく必要があるのだ。

また、これには、航空機やコンピュータのシステムやプログラムも、日本の国家的プロジェクトとして、政府が政策誘導し、独自路線で開発し、製造することが急務であろう。日本の国防力には、日本の技術力と工業力を十分に活用すべきなのである。

米国に依存している日本の安全保障としての防衛力は、日本にはコスト的に負担が少ないと喧伝している向きもあるが、只ほど高いものはないのである。そして、総合的に米国依存の安全保障のコストを計算すれば、日本が独自に装備と人員を整えた方が、はるかに安く上がるはずである。米国も無償で日本に安全を提供するほど、お人好しではない。

なお、日本が、独自の国防力のため、防衛装備を揃えるためには、自国の産業を育成する必要があるであろう。航空機産業や宇宙産業などの育成だ。そして、そのためには、産業界の経済活動を活性化させるため、武器輸出三原則などの見直しも必要となるであろう。

そして、自衛隊の指揮・コントロールの機能を在日米軍と共有するなどの、国家としての自己防衛機能を無視したような方策は、早急に改める必要があるのだ。人体に例えれば、個体において免疫機能を他人と共有するなどはないのだ。自己防衛機能は、他人とは相容れないからだ。この構図は国家も同様である。

しかし、米国は、おいそれとは日本側の主張を認めないであろう。そして、米国との交渉には、いろいろな機関やチャンネルを使った働きかけや交渉が必要となるだろう。なぜならば、米国の日本における米軍の基地機能は、米国の安全保障やその他の利害とも密接に関係しているからだ。そこには粘り強い交渉が必要だ。

国際社会における正当防衛や緊急避難にも、その行為を行うには、独自の防衛力が必要なのだ。正当防衛や緊急避難の権利は、自然人にも当然備わる権利であるが、国家にも当然認められる。安全保障政策では、理想論に走ることなく、現実路線で国民の安心と安全を確保してもらいたい。

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麻薬と高速道路はゆるい

 日本はゆるい。それは、麻薬や覚せい剤の所持や使用、販売についてと、高速道路が原則的に有料であることである。

まず、麻薬や覚せい剤の所持や使用、販売についてである。中国やマレーシアなど、世界の多くの国々では、麻薬や覚せい剤に関する罪には厳罰をもって臨んでいる。その刑罰には死刑もあるほどだ。

これに比べて、日本の法定刑は、あまりにもゆるい。これが麻薬や覚せい剤についての社会的な気安さと規範意識のなさに結びついているのではないか。それが結果として、今を騒がす酒井法子容疑者や押尾学容疑者の逮捕劇に繋がっているのではないか。日本でも、これらには厳罰をもって対処すべきであろう。

 次に、高速道路の原則的に有料であることについてである。世界の各地を自動車で走ってみれば分かるが、高速道路は通行料無料が原則である。米国やオーストラリアなどで一部の都市部に入る場合には、有料道路となっているところもある。しかし、G8に名を連ねる先進各国で、日本のように、高速道路が原則的に有料という所はない。

 この高速道路は原則的に無料であるという世界で標準のこと、つまり、道路行政のグローバルスタンダードが、日本では行われてこなかった。それは、政権与党側に道路族や土建族と言われるような議員グループがいたりして、それが、道路建設に利害が絡む大手ゼネコンやコンクリート製造会社などの企業側の活発なロビー活動に応じてきたからだ。

 多額の費用をかけて、道路や橋やトンネルを造り、巨額の資金を投入する。そして、その資金が企業側に支払われる。その資金の出所は、国民の税金であり、利用者から徴収した有料道路利用料金などであるのだ。特に、高速道路は、利用料金に依存して次から次へと新しい有料道路を造り続けてきた。

しかし、高速道路が有料であることは、国内における物流コストを押し上げ、結果として、諸物品の価格に跳ね返り、消費者物価を上昇させる。その上、コスト面で輸出品の国際競争力を弱める。

 ところで、今まで、国民の道路行政に対する監視の目は、あまりにもゆるかったのではないかと思うのだ。政権与党の自民党側は、この道路行政にまつわる「しがらみ」に長い間、搦(から)め捕られて来たように思える。この政権与党側のしがらみと、政治的怠慢により、日本の道路行政はグローバルスタンダードから長い間、逸脱してきたように思えるのだ。

そして、今、この夏の「政権選択の選挙」と言われている衆議院選挙でこれが問われている。それは、高速道路の有料であることの問題が、野党の民主党側により、政治の俎上(そじょう)に載せられ、その是非が問われることになったからである。民主党は、マニフェストでこれを取り上げ、高速道路の原則無料化の方針を示した。

 高速道路料金は、利用者に負担させるべきであると意見もあり、それが有料化の理由の一部ともなっている。しかし、政治的腐敗の温床ともなってきた道路建設費の高コスト化の原因をなし、物流コストの押上げ要因ともなってきた高速道路料金は、やはり、世界標準としての原則無料化が望ましいのである。ここは、民主党の基本理念が正しいと思うのだ。

 今まで、高い高速道路料金を支払ってきた利用者も、その料金負担がなくなれば、その料金分は他の消費活動に使える。それは、結果として、内需を活性化することにも繋がる。これは、現在、時限的な制度であるETC使用の場合の原則1,000円の高速道路料金の制度が、各地の観光地などでの消費活動を活発にしている、と分析されていることでも分かる。

つまり、日本における高速道路料金の原則無料化は、内需を活発化させるとともに、物流コストを押し下げて、消費者物価を下げ、また、その他の諸物価も下げて、輸出における日本産品の国際競争力を高めてくれるのである。それは日本の有効な景気刺激策になると期待されるのだ。

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後出しジャンケンと「政権選択の夏」

今夏は、「政権選択の夏」と言われている。これは、政権を維持しようとする自公政権の与党と、政権奪取を目指す民主党を始めとする、共産党、社民党、国民新党などの野党が選挙戦を闘う、衆議院選挙の投開票が8月30日に予定されているからだ。

衆議院選挙の公示は8月18日に予定されている。暑い最中(さなか)の選挙戦になる。立候補予定者に高齢者が多い自民党には、逆風の中の過酷な選挙になるであろう。

これに対し、民主党は若手を多く起用して、順風の中での選挙戦を企図している。先の東京都議選で自民党に圧勝した勢いで、そのまま雪崩を打っての勝利を目指しているのだ。

この政権選択のための各党のマニフェストも出揃った。後出しジャンケンと非難された自民党のマニフェストも先週末に出された。しかし、4年前のマニフェストを検証すると、自民党のマニフェストの実行率は恐ろしく低い。この結果は、国民を欺(あざむ)いているかのようだ。

そして、今回の自民党のマニフェストは、民主党のものに対抗し、どうやら空手形でもいいから発表して、キャッチコピーで宣伝しようと、イメージ作戦に転換したかのようだ。これには、国民はもう騙(だま)されないだろう。

マニフェストには、政治に対する思想が現れる。民主党は、国民の生活を重視し、内需拡大策により景気を刺激し、経済の持続的発展を企図し、国民の安心と安全を目指そうという主張だ。

これに対し、自民党は、民主党のマニフェストに似通わせた内容を盛り込みながらも、麻生総裁がメディアの前で公言している内容によると、従来型の外需依存の経済政策中心で、既に機能が破綻に瀕している金融資本主義の復活を目論んでいるようだ。

日本の内需は、GDPへの寄与率が60%以上であると言われている。日本がこの低迷する経済の危機を脱するには、内需の刺激と、国内における資金の循環の促進が、最も効果的で即効性があるであろう。ここは、民主党のマニフェストに軍配を上げたい。

いわゆる新自由主義経済は、100年に一度といわれる経済危機をもたらした。この考え方の基礎をなす、金融資本主義での経済や財貨の評価や秤量の基準とされてきた貨幣価値は、世の中の経済の実態を計測するには不適格であることを露呈させてきたのだ。

トヨタや日産やホンダの車がいかに世界に売れようとも、また、キャノンやソニーの製品がいかに世界に流通しようとも、世界は豊かにならず、日本の実体経済も豊かにはならなかった。これらの企業活動は、日本に不安定雇用を増大させ、経済格差を増幅させる結果を招いてきたといえるであろう。今ここには、社会・経済政策のパラダイムシフトが必要なのだ。

この「政権選択の夏」の衆議院選挙では、民主党を中心とする野党勢力の圧勝に期待したい。そして、医療や福祉や教育に手厚い助成をして、日本に内需拡大を誘導し、日本を平和で安定した社会に導いて欲しい。

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海外渡航のための「安全対策基礎データ」

日本の外務省が、WEBページ上で海外渡航者のために提供している渡航先の国や地域の情報には、「海外安全ホームページに危険情報やスポット情報、安全対策基礎データ、テロ概要などがある。

そのうち、比較的治安が良く、ロングステイ先として人気があるというマレーシアの安全対策基礎データのホームページにアクセスし、マレーシアの治安情報を見てみると、殺人や強盗、引ったくり、詐欺などの犯罪や交通事故などの被害が日本よりはるかに多いことが分かる。

そして、このWEBページでは、日本人渡航者の被害例や防犯の対策、日常生活上の安全・防犯対策上の留意点などを事細かくアドバイスしてくれる。

その上、関税や空港税のほか、査証(ビザ)や入国審査、滞在時の出入国審査の留意事項などについても、事細かくアドバイスしてくれる。

さらに、マレーシアでの触法行為については、日本では犯罪とならないポルノグラビアの所持についても、なにげなく日本で空港出国時などに購入した週刊誌にたまたまポルノグラビアが掲載されていて、ついウッカリこれを所持しているだけで犯罪になることなども、このWEBページは教えてくれる。

また、同じくタイの「安全対策基礎データ」について見てみると、首都のバンコクばかりではなく、地方都市のチェンマイなどでも、日本人の犯罪被害が多いことが分かる。

そして、在タイ日本国大使館のWEBサイトからは、新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)の流行のほかに、チクングニア熱といわれる蚊を媒介して感染するウイルス性疾患(伝染性の病気)が流行していることなども分かる。このチクングニア熱は、デング熱を媒介する蚊と同種のものにより、媒介されるという。蚊に刺されないための防虫対策が重要だ。

また、在マレーシア日本国大使館の独自のHPからも、マレーシアでの新型インフルエンザの流行や犯罪被害の発生の情報などが分かる。

さらに、在外公館地域安全手引というWEBページもある。これをマレーシアで見れば、在マレーシア日本国大使館やペナン日本国、在コタキナバル日本国総領事館などがあり、これらのホームページからも、各地域の特殊事情の詳細などが分かる。

ロングステイや短期的な海外旅行などで海外渡航する際には、これらのアップツーデートな情報を有効活用したいものである。特にロングステイヤーは、常に新しい情報の入手に心がけるべきであろう。

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党首討論での軍配はどちらに上がったか?

鳩山由紀夫氏が民主党代表に就任してから第二回目の、自民党と民主党の党首討論が昨日(6月17日)、行われた。各党首に対する評価はどうだったか。

今回も、どうやら鳩山由紀夫氏に軍配が上がったようである。討論の中身と表現力に差があった。そこには、明快な論調で冷静に話す鳩山由紀夫氏に対して、感情的な形相で喧嘩を仕掛けるような風合いで話す麻生太郎氏がいる、という構図があった。

自民党総裁の麻生太郎氏は、ボキャブラリーが少ないのであろう。表現力の乏しさが本当に痛々しく感じた。これに対し、民主党代表の鳩山由紀夫氏は、相手の話しをよく聴いてから、それに的確に応答していた。鳩山由紀夫氏のほうが、ボキャブラリーが豊富で、表現力が豊かであるように思えた。

また、この党首討論の終盤に、麻生太郎氏が「第七機動」と言いかけて、「第七艦隊」と持ち出したのには、唖然とした。この人は、民主党前代表の小沢一郎氏が、未だに「目の上のタンコブ」なのだろうか。そこから脱却できないでいるようだ。これは、この人の狭小さを表しているように感じられた。

こんな党首をリーダーに抱いている与党自民党に国民の多くは、あきれているのだ。そして、こんな人を内閣総理大臣としている現在の与党、自民党と公明党の政権に多くの国民はウンザリしているのだ。政府の政策が、多くの国民の要望とかみ合わないミスマッチが続いている。

直近のあるメディアの世論調査によると、与党、自公の麻生政権への国民の支持率は20%を割ったという。麻生太郎氏が首相に相応しくないと考える国民が多いのだ。そして反面、次の衆議院選挙では野党が結束し、民主党の鳩山由紀夫氏を首相に推挙することへの国民の期待が高まっているのだ。つまり、民主党代表の鳩山由紀夫氏のほうが、首相に相応しいと考える国民が多いということだ。

今、日本では、自殺者が増え、毎年3万人以上が自殺で亡くなっている。昨年までの11年間連続で、毎年3万人以上もの国民が自殺しているという状況が続いているのだ。そしてこれは、日本の自殺死亡率は、主要先進7か国のうちで最も高いという結果となっている。また、これはアメリカの約2倍、イギリスの約4倍にもなっているのだ。

このことは、現在の日本は、社会に失望し、生きる希望を見出せない人たちが増えているということの現われである。この状況を早急に改善するためにも、一日も早く衆議院を解散し、新しい内閣総理大臣を選出して、そのリーダーシップのもとで、社会に蔓延している停滞感や閉塞感を打破してもらいたいものである。

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ミラクルなオタマジャクシと小魚

北陸の石川県では、空から大量のオタマジャクシや小魚が降ってきたという。原因は、不明だそうだが、推測に基づく諸説が飛び交っているようだ。

それは、竜巻によって空高く舞い上がったものが落ちてきたのだろうとか、水鳥が飲み込んだものが、空中で何らかの事情で吐き出されたのだろうとか、である。

しかし、管轄する気象台の話では、オタマジャクシや小魚が降ってきた時間の前後には、竜巻は発生していないという。また、水鳥が飲み込んだものが吐き出されたにしては、オタマジャクシや小魚に消化された形跡がないという。実にミラクルだ。

日本各地に点在する湖沼に中には、周りの水系や湖沼とは隔絶したものがあるが、これらにも魚やオタマジャクシが棲息していることがある。

オタマジャクシは、その親のカエルが陸上を移動することができるので、その湖沼が周辺の水系や湖沼と隔絶していたとしても、そこに存在することには何らミラクルは感じない。しかし、魚の場合には、陸上を移動できるトビハゼやムツゴロウなどの仲間ではない限り、そこに存在するのはミラクルだ。

しかし、ペリカン風の水鳥が、オタマジャクシや小魚をそのノド袋にたくさん貯め込んで、空高く飛んでいる最中、オオタカなどの猛禽類に襲われたとしたらどうだろうか。慌ててノド袋に貯め込んでいた小魚やオタマジャクシを吐き出して、一目散に逃げ出すこともあるだろう。

また、その水鳥が、鳥インフルエンザに感染していて、空高く舞い上がったところでひどいセキやクシャミをしたらどうだろうか。ノド袋に貯め込んでいたオタマジャクシや小魚が、そのセキやクシャミなどの飛沫とともに空中に放出されることもあるだろう。

そしてこんなとき、吐き出された小魚やオタマジャクシは、たまたま吐き出された空の下が、たまたま閉鎖水系の湖沼であっても、そこに生還し、生き長らえて子孫を増やすこともあるだろう。これは小魚やオタマジャクシの空中移動説だ。

これは、他の水系や湖沼から隔絶した湖沼にも、魚が住んでいる理由なのかも知れない、などと考えると楽しい。ただし、仮説の域を出ていない。検証が必要だ。誰かが研究テーマにして、究明して欲しいと思う。

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鳩山総務大臣の辞任と多くの国民の期待

麻生太郎首相の盟友の一人と目されてきた鳩山邦夫総務大臣が大臣を辞任した。原因は、日本郵政の社長人事問題で、麻生首相と方針が合わなかったことによる。

日本郵政は、簡保の宿の不明朗な一括売却問題や東京中央郵便局の建て替え問題、郵便事業会社の障害者団体向けの低料金制度使い、大量郵便物の郵便料金を特定の業者に免れさせていた問題などの不祥事等で、鳩山総務大臣から業務改善命令が出されていた。

西川善文氏が社長を務める日本郵政は、これだけの不祥事を重ねたのだから、西川社長は退任すべきだ、との鳩山邦夫総務大臣の考え方と立場はもっともである。

ところが、麻生内閣総理大臣は、これに理解を示さなかった。そして、鳩山総務大臣が主張した、西川氏は国民の前に謝罪すべきである、との妥協案すら拒否したと報道されているのである。自民党は矜持が失われてしまったのだろうか。

こんな自民党執行部と袂(たもと)を分かつことになった鳩山邦夫氏の立場を支持したい。鳩山邦夫氏は信念を貫いた。そして、潔く総務大臣を辞任したのだ。

むしろ、鳩山邦夫総務大臣が大臣を辞任するよりも、麻生内閣総理大臣が辞任して、可及的速やかに衆議院の解散、総選挙をしたほうが、国会も内閣も健全に運営されると思うのだが・・・。麻生首相は、任期満了などで強制的に立場を追われるまで、首相を辞める気はなさそうだ。迷惑な話ではある。

ここは鳩山邦夫氏は、「友愛」を唱導する実兄で、民主党代表の鳩山由紀夫氏に合流し、日本の新しい政治のためにその能力を遺憾なく発揮したほうが良いのではないかと思う。今は、凋落傾向にある自民党に見切りをつけるチャンスである。

最近の各メディアの世論調査では、自民党の麻生総裁よりも、民主党代表の鳩山由紀夫氏のほうが、首相に相応しいと考える国民が多いという結果が出ているのだ。また、その結果から、多くの国民は、民主党中心の勢力が結束し、政権を担って欲しいと考えているのだ。

この世論調査の結果は、今後3か月以内に必ずある衆議院選挙では、自民党が政権与党の座を民主党などの野党勢力に譲り渡さざるを得ないことを物語っている。そして、多くの国民は、それに期待しているのだ。

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豚インフルエンザ、ついにフェーズ6に!!!

 ついに新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)が、6月11日までに世界の74か国、地域に拡大し、人から人への持続的感染が起きている。これを受け、WHO(世界保健機関)は、「フェーズ6」を宣言した。これは豚インフルエンザが、世界的大流行(パンデミック・フルー)の局面に至ったことを示すものである。

 この豚インフルエンザは、弱毒型とされているが、罹患すれば、人によっては重症化する恐れがある。妊娠中の女性や糖尿病患者などに重症化のリスクが高いのだ。WHOは、この豚インフルエンザは、「重症」、「中度」、「軽症」の3ランクのうちの「中度」という見解を発表した。つまり、弱毒型とされていたが、罹患すれば「中度」の危険性をはらむということである。

 現在、日本などが属する北半球とは季節が反対の、南半球の国々では、この豚インフルエンザの大流行が心配されている。これから冬本番を迎えるオーストラリアでは、毎日100人以上のペースで感染者が増え、合計では1200人を超えたという。この国は、現在、日本の12月ごろの季節であり、南東部のメルボルンやシドニーなどでは、冬の関東地方と同じくらいの気候となっている。

 日本でも、次の冬が来れば、この豚インフルエンザが大流行することが心配される。罹患者数が増大すれば、重症者も増え、死者も出る。妊娠中の女性が豚インフルエンザに感染すれば、重症化するリスクが高いばかりではなく、その治療のために抗ウイルス剤のタミフルやリレンザを投与した場合には、母体内の胎児に与える副作用も心配されるのだ。また、腎臓病の透析患者が感染した場合には、自らが重症化するリスクが高まるばかりではなく、透析器具を介して、他の患者への感染のリスクも高まる。

 この豚インフルエンザの日本国内でのパンデミックを如何(いか)に遅らせるかが、このインフルエンザ対策の要となる。感染者が発生した場合の隔離や休校措置は、有効な対策だ。そして、本格的なパンデミックに至る前に、可及的速やかにワクチンの製造と備蓄をすること、および抗ウイルス剤の十分な備蓄をすることが求められるのだ。勿論(もちろん)、備蓄されたワクチンや抗ウイルス剤は、それを必要とする患者に可及的速やかに投与されることが前提である。

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チグハグな日本政府の防疫態勢

国家の安全保障政策は、外国からの武力攻撃に対する防御や自衛の対策をすることばかりではない。パンデミック・フルー対策も、その重要項目の一つだ。

日本には、新型の豚インフルエンザに感染し、重症化した豚の豚肉と伴に、新型インフルエンザ・ウイルスが、輸入され、国内に持ち込まれる危険性がある。疫学的に考えて、豚インフルエンザに感染している豚が輸入されたら、一緒に新型ウイルスも輸入される危険性があるのである。これは、否定しようがない。

現在、メキシコやカナダなどの養豚場で、大量の豚が豚インフルエンザに感染し、多くの豚が発症している。そして、それが人間にも感染し、重症例や死亡例まで報告されているのだ。しかし、日本は、これらの国々からの豚肉の輸入をし続けている。どうしてなのだろうか。日本のパンデミック・フルー対策は、一体どうなっているのだろうか。危機管理に甘いのではないか。

 世界には、この豚インフルエンザ感染地域のメキシコやカナダ、アメリカなどからの豚肉や豚肉製品などの輸入禁止措置をとった国家がある。中国やロシア、インドネシア、タイ、アラブ首長国連邦、クロアチアなどである。これらの国々は、国家の安全保障対策の一環とし、パンデミック・フルー対策をしていると見ることができるであろう。

 ところが日本政府は、豚肉は、調理する際によく過熱するものであるから、豚肉から新型インフルエンザに感染することはない、としている。そして、インフルエンザに感染しても、血液にウイルスが侵入することはない、というような医学的知見を否定するかのような見解まで述べているのである。

しかし、新型の豚インフルエンザで重症化した豚は、その体液にまで、濃厚に新型インフルエンザ・ウイルスが侵入している蓋然性が高いのだ。(日本赤十字社は、きのう、新型インフルエンザ・ウイルスが未知のものであり、血液にウイルスが混入するかどうかが不明であることを理由に、インフルエンザ感染者からの献血を受け付けないことを発表した。)

そして現在、新型インフルエンザで重症化した豚が解体され、その体液に、つまり、リンパ液や血液などに、新型インフルエンザ・ウイルスがはびこってしまった豚肉が、輸入豚肉として、日本のスーパーや飲食店や家庭に運び込まれ、そこで、精肉とされたり、調理されたりしている可能性が大きいのだ。これが感染経路となるリスクが大きい。

 高温で加熱し、調理すれば豚肉のインフルエンザ・ウイルスは、死滅するだろう。しかし、豚の生肉を調理する過程では、当然、料理する人の手指に豚の体液が直接触れ、まな板や包丁、布巾などにもそれが付着する可能性がある。そこから、人に豚インフルエンザが感染するリスクは極めて高いのだ。豚の体液とは、血液やリンパ液などであるが、スーパーの店頭で販売されているスチロール・バットに入れられた豚肉のドリップにも、その体液が混入している。

 こうした新型インフルエンザ感染で重症化した1頭の豚が、精肉とされ、それが飲食店や家庭に運び込まれた場合には、そこからの新型インフルエンザ感染のリスクは極めて高い。そして、それは、同時多発的に、広い範囲で感染ルートになる可能性が大きいのだ。

 現在、大阪や兵庫などで広がっている新型インフルエンザ感染は、最初の感染ルートが、ナゾとなっている。広い範囲に急激に広がっているからである。しかし、推論であるが、輸入豚肉が感染源となった場合には、その感染の広がりが、合理的に説明できるのだ。

だとすれば、そこには、空港などでの水際検疫で感染ルートを遮断しても、国内に大きな感染源があるという、底の抜けたバケツで水をすくっているような、チグハクさがあるのではないだろうか。それは、日本政府のチグハグな防疫態勢ということができるだろう。

 最初は、メキシコで豚から人に感染したといわれるこの新型の豚インフルエンザが、人から大量の豚に感染した可能性が大きいことがカナダから報道されている。それは、メキシコを旅行していたカナダの養豚場の従業員が、カナダ帰国後に、その養豚場の大量の豚に新型の豚インフルエンザが発症したのだという。そして、その養豚場の豚は、全頭が殺処分され、養豚場は閉鎖されたという。

 豚から人、人から人、そして、人から豚へとこの新型インフルエンザ・ウイルスは、感染を繰り返すうちに、強毒型に変異する可能性があるのだ。そして、現在使用されている抗インフルエンザ・ウイルス剤のタミフルやリレンザに耐性を持つという危険性すらあるのだ。

 そして、日本の養豚場にこの新型の豚インフルエンザの類が及んだ場合には、養豚業に甚大な被害を与えることになるであろう。

 日本政府は、輸入豚肉から新型インフルエンザに感染する危険性を国民に周知させ、早急に、豚インフルエンザの感染が拡大している地域からの豚肉の輸入禁止措置をとるべきである。

 これは、これは企業の経済活動の利害よりも優先される国家の安全保障政策、つまり、パンデミック・フルー対策なのだ。

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感染ルートの輸入豚肉原因説

 新型の豚インフルエンザの感染者数が増大している。奈良県では、1,000人以上がインフルエンザの症状を呈し、その内の140人以上に38度以上の発熱があるという。

 この奈良県でのインフルエンザの流行は、時期的に見て季節性のインフルエンザの流行からみると明らかに不自然である。まだ、この流行が、新型インフルエンザへの感染によるものと認定された訳ではないが、その可能性が大きいのだ。

 どうして、こうも感染者数が増大してしまったのだろうか。感染者の多くは、海外渡航歴がない人達である。その最初の感染ルートは、現在、ナゾである。

 しかし、推論が成り立つ。それは、豚インフルエンザに感染した豚肉が、その感染源となったのではないか、という推論である。メキシコやカナダから、相当数の豚肉が日本に輸入されている。その中には、当然、この新型の豚インフルエンザに感染した豚の肉も入っていたことが推測できるのだ。

 政府は、食品パニックを防ぐためか、豚肉はよく加熱して調理するので、豚肉から感染する恐れはない、としていた。しかし、これで良かったのであろうか。

 ウイルスに感染している豚は、肉ばかりではなく、その体液にもウイルスが存在する。体液には、リンパ液や血液も含まれる。よく過熱すればウイルスは死滅する。しかし、感染した豚の肉を料理する過程で、料理する人の手指に新型ウイルスが付着し、まな板や包丁にもそのウイルスが付着する。そして、これが感染ルートとなった可能性は極めて高いのだ。

 インフルエンザは、罹患した人のセキやクシャミなどで吐き出される飛沫からも感染する。そして、血液などの体液からも感染する。それは、豚のセキやクシャミからも同様である。豚の血液に直接触れれば、濃厚接触者となり感染するリスクは高い。

 カナダでは、メキシコからの帰国者がこの新型の豚インフルエンザに感染していて、その感染者から、豚舎の多数の豚が、豚インフルエンザに感染したという報告があるのだ。

 したがって、新型の豚インフルエンザに感染した輸入豚肉が、日本での新型ウイルスの感染源になり、広い地域で同時多発的に、大勢の人に感染した原因となったのではないか、ということが推論できるのだ。これは、あくまでも推論であるが、広い地域での同時多発性を考えると、感染ルートとして十分に考えられるのである。これは、感染ルートの輸入豚肉原因説と言うことができるであろうか。

 だとすれば、これは、鳥インフルエンザに罹ったニワトリやウズラの大量殺処分を発令できるのに反し、この豚インフルエンザの流行地域からの豚肉輸入を禁止しなかった政府の失策ではないかと思うのだ。

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日本語のアクセントと投手と党首

 「トーシュ」と読む「投手」と「党首」は、発音、アクセントともに同一だ。日本語のアクセントは、英語やスペイン語などの西欧系の言語の「強弱」のアクセントと違って、「高低」のアクセントだ。この「トーシュ」は、頭高型といわれる日本語アクセントである(参照:『NHK・日本語発音アクセント辞典』)。

 きのう、侍ジャパンはWBCで優勝した。決勝の対韓国戦では、先発投手の岩隈が8回ツーアウトまで「続投」し、そのあとを杉内、ダルビッシュと継投して、接戦を制した。WBCでは、3年前も優勝しているので、これで2連覇だ。米国から日本に伝わった日本の野球が、今や世界の最高峰にあることを全世界に印象付けた。

 ところで、民主党の小沢一郎代表は、民主党の「党首」である。こちらの「トーシュ」も、きのうの記者会見で「続投」することを表明した。民主党には、継投になった場合の有力「トーシュ」が育っていない気がする。

 政治のリーダーは、クリーンなイメージだけでは心もとない。かつての民主党が国政選挙で票を伸ばせなかったのは、この辺に問題があったのではないか。それは、政治のリーダーには、胆の座った強力なリーダーシップが求められるからだ。

 日本刀の鍛造の如く、一見、ただの鉄の刃物に見える刀身に、眼に見えない幾重にも重なった鉄のヒダが織り込まれて、強靭な鋼(はがね)となっているような、頑健なイメージが求められる。

 民主党は、一枚岩(いちまいいわ)となって、この「トーシュ」のイメージを作り上げ、支えていく必要があるであろう。民主主義の日本の政治が、成熟した二大政党政治を目指すためにも、ここは、しっかりと頑張っていただきたい。政党には、「党首」が大事なのだ。

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侍ジャパンのストラテジーとタクティクス

 侍ジャパンが、第二回WBCの準決勝戦でアメリカに9対4で勝った。アウェイ戦での不利な状況を打ち破っての痛快な勝利であった。

ピンチランナー起用など、原監督の采配も見事であった。中軸バッターの小笠原、城島などのライト線やレフト線に打った飛球も素晴らしかった。侍ジャパンの打線が爆発したのだ。イチローも、長打を放った。日本らしい繋ぎの野球ができたのだ。

投手の継投策も見事であった。松坂は、相手の強力打線を2得点に抑え、途中まで98球を投げた。その後、中盤以降を小刻みに継投させ、2点を失ったものの、最後に投げたダルビッシュの腕も冴(さ)えていた。ウィニング・ボールは相手を空振り三振させたボールであった。

アメリカ側も、メジャーリーガーの有力選手を登用しての総力戦であった。侍ジャパンは、米国メジャーリーガーの居並ぶホームラン・バッターを相手に得点を4点に押さえ、9点もの大量点を獲得して勝利した。この意義は大きい。

この勝利は、原監督の采配による日本側のストラテジー(Strategy)とタクティクス(Tactics)の勝利であるとも言えるであろう。一般的に、ストラテジーとは「戦略」と訳され、タクティクスは「戦術」と訳される。

また、この勝利は、グラウンドに出場した選手たちばかりでなく、原監督を陰で支えるスコアラーや各コーチ陣、そして、ベンチに待機していた選手たちの勝利でもあるのだ。全員野球の全員の勝利である。

あしたは、いよいよ韓国との決勝戦だ。今まで、このWBCの戦いでは韓国とは2勝2敗の五分の成績である。第一次ラウンドの東京での戦いでは、14対2のコールドゲームで韓国を打ち負かしたが、その後は2敗を喫した。

しかし、侍ジャパンは、第二次ラウンドの順位決定戦では、韓国を6対2で破って一位で準決勝戦に進出し、今日の準決勝戦で米国に快勝したのだ。勝機を得るには、上昇気流に乗っていると言えるであろう。そして、韓国の投手陣を打ち負かすには、きょうの打線爆発で勢いづいている侍ジャパンに分(ぶ)があるであろう。

あしたの決勝戦の作戦は、ストラテジーとタクティクスを織りまぜ、入念に練られていることだろう。侍ジャパンは、明日もWBC決勝戦で韓国に快勝し、日本中で祝杯をあげたいものである。

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西松事件の受託収賄の嫌疑は与党自民党側に!?

西松建設の違法献金事件の捜査は、背景に受託収賄があったかどうかを探ろうとする検察側の前哨戦であった。民主党代表の小沢一郎氏の公設第一秘書を逮捕し、強制捜査に乗り出した背景には、贈収賄事件の摘発が企図されていたようだ。

小沢氏は、受託収賄の嫌疑では、「収賄の容疑があるとか、事実として一切ない。そのような犯罪を犯しているかのような前提で論じられるのは、心外だ」と否定している。

小沢氏は、野党の党首であったとしても、公共事業の入札にそんなに影響力を行使できるとは考えられないだろう。それは、議員内閣制のもとで、実際に国の行政を動かしているのは、与党である自民党、公明党側であるからだ。

この件では、逮捕されていた西松建設の前社長や同社OBなど、西松建設側の人間からの取り調べを通じて、贈収賄容疑も捜査されているであろう。

だとすると、この件では、自民党側への政治献金額も多額に上ることから、贈収賄の容疑について、自民党側の請託の事実や口利き、便宜供与などの事実についても捜査上、確認されているものと考えられる。

そうであれば、請託や口利きなどの嫌疑は、野党である民主党よりも、政権与党である自民党、公明党側の方が、より行政権に影響力を行使できる立場にいるのであるから、多額の政治献金を受領したり、多額のパーティー券代を受領したりしていた政治家に大きくかけられていると考えられる。つまり、受託収賄の嫌疑は、与党自民党側の方が大きいと考えられるのだ。

自民党側でも、森喜朗元首相や、二階経済産業相、尾身幸次衆議院議員、藤井孝男参議院議員などが、西松建設側から多額の政治献金を受けたり、多額のパーティー券代を受領したりしている。その中でも、二階経済産業大臣側は、パーティー券を政治資金規正法が定める限度額を超えて購入してもらったりしているのだ。

先に、オフレコの記者会見で「自民党側は立件できない」と、まるで検察が民主党のみをターゲットに捜査、追及しているように取れる発言をした政府高官は、官僚トップの漆間(うるま)巌官房副長官であることがわかった。そこには、検察当局が自民党との出来レースで、民主党をいじめている構図が見え隠れしているように思えるのだ。

しかし、法務省の官僚組織の中にある検察当局であっても、司法行政は、不偏不党であることが必要だろう。そうであるならば、贈収賄の容疑では、公正かつ厳正に、与党自民党側も捜査、追及しなければならないであろう。

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できレースの「国策捜査」疑惑が!?

西松建設がダミーで作った二つの政治団体から政治献金を受けていたのは、民主党の小沢代表側だけではなく、自民党側にも大勢いることが分かってきた。この二つの政治団体は、既に解散されて、存在していない。

自民党の森喜朗元首相はパーティー券代と政治献金で400万円、二階経済産業相がパーティー券代で838万円、山口俊一首相補佐官が政治献金で200万円、加納時男国土交通副大臣がパーティー券代200万円などなど、だんだん自民党側の西松建設からの違法政治献金疑惑が湧き上がってきたのだ。これらの違法政治献金受領疑惑の主たちは、既に存在していない政治団体なのに、返金するという。道義的に判断してであると言う。

ところで、民主党の小沢代表の公設第一秘書、大久保隆規氏が会計責任者を務める政治資金管理団体の受領額が2,100万円と言われているから、金額としては多いが、これは自民党側の受領額と比べてみても、いわゆる「五十歩百歩」である。

この違法政治献金受領疑惑を、自民党側の議員には、捜査もしなければ、摘発もしないと言うことであれば、検察の不公正さが強く疑われるであろう。これでは、民主党の小沢代表側になされている公設第一秘書の逮捕や強制捜査は、「国策捜査」の疑いが濃厚になる。

政府高官の中には、「自民党側は立件できないと思う。特に(違法性の)認識の問題で立件できないだろう」とまで言った人間がいることが、新聞で報道されている。しかし、この違法性の認識があったかどうかは、実際に受領者側の事情聴取などを通じて捜査してみなければ分からないであろう。

この政府高官の意見は、検察が公正に動いているということを否定している。このことから見て、与党政権が検察権力を使って、できレースで民主党側を攻撃しているという構図がそこには、見え隠れしているように感じる。

検察と言えども、法務大臣の下で動く検事総長を頂点とする官僚組織である。法務大臣の上には内閣総理大臣がいる。心配なのは、今の内閣総理大臣は、判断力やバランス感覚が大丈夫だろうか、ということである。内閣総理大臣という椅子に座り続けることだけに汲々として、日本の国益を大きく損じているのではないかと危惧されるのだ。

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「やぶへび」でヤブから追い出されたヘビが麻生政権へ災い!?

おととい(3月3日)の民主党代表小沢一郎氏の公設第一秘書逮捕は、政治資金規正法違反という形式犯での容疑であった。この衆議院解散、総選挙が取りざたされている時期に、東京地検特捜部が、何でこんな軽微な形式犯で野党第一党の党首の大番頭である公設第一秘書を逮捕し、強制捜査に乗り出したのだろうか。

これは、いわゆる「別件逮捕」という手法であり、その背景には、公共工事における贈収賄事件の立件が視野にあったようである。容疑者の身柄を拘束し、強制捜査により、家宅捜索などで資料を押収し、証拠を固め、その他の違法行為がなかったかどうかを探る、という手法である。家宅捜索では、個人のメモや日記、日誌、個人的書簡やEメールなどの記録も押収されてしまう。

しかし、この「別件逮捕」は、今後、その不公正さが問題になるであろう。こんな手法が許されるならば、国家権力を使って政争の相手を陥れることが容易になってしまうからである。こんなふうな政権与党の強行的手法により、政権が交代するたびに前の大統領が有罪となり、収監されるという歴史を繰り返してきた国家が、東アジアにある。日本も、そんな国家になってしまうのではないかと気懸かりだ。

ところで、民主党は、野党であり、党代表の小沢氏が口利きをしたとしても、政権与党の自民党、公明党側の議員の口利きには、その効果は遠く及ばないであろう。なぜならば、現実に国の行政を動かしているのは、政権与党の自民党と公明党側であるからだ。

すなわち、公共工事の口利きであれば、与党の自民党、公明党側の方がその影響力が強く、大きな工事を影で取り仕切る構造と深くかかわっている所属議員が多いのではないかということが、容易に想像できるのだ。つまり、公共工事の口利きや贈収賄事件にかかわっている議員の数は、与党の自民党、公明党側のほうに多いと考えられるのである。

また、それは、西松建設が、東北ばかりではなく、ゼネコンとして全国的に活躍していたからである。そして、西松建設の売り上げに占める東北地域の割合よりも、他の地域の割合がはるかに多いからである。

だとすれば、今回の準大手ゼネコン、西松建設の政治献金問題は、東京地検の捜査の過程で、自民党、公明党に大きく波及せざるを得ないであろう。それは、西松建設側からの政治献金の行き着く先と、その政治献金した目的を追求すればすぐに出てくると考えられるからである。また、今回の容疑が起訴まで至れば、その公判の過程で、それが証拠として出てこざるをえないと考えられるからである。

東京地検特捜部は、小沢氏側ばかりでなく、公正、かつ、平等に、与党の自民党、公明党側の議員についても捜査、追及すべきである。しかし、これが与党の自民党と公明党側にとって、「やぶへび」になることは、やむを得ないでであろう。

今、多くの国民は、衆議院での与野党による議員構成の是正、変更を求めているのだ。それは、政権与党側が、衆議院で数の横暴よろしく三分の二以上の多数決をもって、参議院での決議の結果を否定しまうことに危機感と嫌悪感を抱いているからである。

麻生太郎首相は、ヤブから追い出されたヘビが、麻生政権への災(わざわ)いとならないうちに、速やかに衆議院を解散し、総選挙を行ったほうがいいだろう。

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麻生政権のなりふり構わぬ強権政治なのか!?

今日、午前10時前から約40分間行われた民主党の小沢一郎代表の記者会見は、小沢氏の言い分に分(ぶ)があった。それは、今回の公設第一秘書の大久保隆規氏の逮捕と強制捜査が、「国策捜査」による強権的な検察権力、国家権力の横暴であるということを際立たせた。

 麻生政権は、末期症状を呈し、なりふり構わぬ強権政治を敷いているのだろうか。小沢民主党代表の公設第一秘書、大久保隆規氏の逮捕が、政治規正法違反という形式犯の容疑によることから、こう思うのである。

衆議院解散がいつあってもおかしくないこの時期に、野党第一党の民主党の代表、つまり、民主党党首である小沢一郎氏の公設第一秘書逮捕と強制捜査というのは、あまりにも強権的ではないか。

 本件逮捕で容疑となっているのは、企業からの政治献金を、政党団体からの政治献金として帳簿に記載したという虚偽記載の問題である。政治献金が、西松建設側からの企業からの献金であることがはっきりしていれば、逮捕された大久保氏は、小沢一郎民主党代表の個人の政治資金管理団体への献金としないで、民主党の政党支部への献金に変えるように求め、政党支部で受領しておけばいいことであり、これは政治資金規正法でも認められている。

 そして、小沢氏は民主党の代表なのであるから、西松建設側からの政治献金が民主党の政党支部の収益になるか、または、小沢氏個人の政治資金管理団体の収益なるかは、その政治献金が政治活動にいかように使われるかの差異を、それほど生じさせないであろう。 

それを強引な公設第一秘書逮捕や強制捜査に結びつけてしまったことは、不公正な臭いがあり、与党自公政権の国家権力の横暴である疑いが強い。今後、本件がこの国の暗黒政治の端緒になることが懸念される。報復と怨嗟の連鎖を生む恐れがあるからだ。従来の日本の政治では、このような横暴は行われなかった。それが、日本の政治の美徳でもあったのだ。

これにより、次回の衆議院選挙で民主党の優勢がそがれることはないであろう。それは、国民の大多数が、3年以上前に行われた郵政選挙といわれた衆議議員選挙で与党の自公政権に3分の2以上を占める議員数を獲得させてしまったことを後悔し、その数の修正を求め、政策の大幅な変更を求めているからである。

麻生政権は速やかに衆議院を解散して衆議院選挙を行い、新しい衆議院の構成のもとで、国民の信を得た内閣総理大臣を選出すべきである。そして、新しい内閣総理大臣のリーダーシップのもとで、現在の世界的同時不況と金融不安の脱却を図るべく、積極果敢な政策実行をしてもらいたいものである。

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日本の郵政が蓄えた日本国民の財産を守れ!

 米国の金融大手、シティグループが事実上の公的管理に入った。これは、米国政府がシティグループの最大36%に当たる普通株主になることが確定したからである。シティグループの傘下には、米国最大の銀行シティがある。

 先に米国最大の保険会社AIGも、政府の出資を受けて、米政府の公的管理同然となっている。このAIGは、米国における医療保険制度を国民皆保険から遠ざけてきた元凶である。公的医療保険制度の成立を妨げるロビー活動を活発化させてきた最大手の保険会社であるからだ。この背景は、マイケル・ムーア監督による米国映画「シッコ」で明確に語られている。

米国の、この銀行最大手シティと保険会社最大手AIGは共に、日本の郵政を民営化すべきであると声高に主張し、ロビー活動を活発化させてきた米国銀行業界と米国保険業界のそれぞれの最大手である。この二つの会社が、皮肉にも、共に米国の国営になり、反面、日本の郵政が日本国の国営から切り離されて、民営化されようとしている。

 本当に皮肉な取り合わせである。ここは、日本の郵政民営化も、なぜ米国が日本の郵政の民営化を要求してきたかの背景を考え、再検討すべきであろう。

 麻生首相も、郵政民営化には賛成ではなかったと言っている。また、かんぽの宿の一括売却問題や東京駅前、丸の内の一等地にある東京中央郵便局の建て替え問題などでも、鳩山邦夫総務大臣も指摘しているように、フェアではない内容を含んでいる。

そこには、一部の利益集団が、国民の財産であった日本の郵政の財産をかすめとろうとしている構図が見え隠れしている。こんな疑念を内蔵したままで、郵政の民営化を強行すべきではないだろう。

郵政民営化をすべきであるという背景にある理論で、郵政は一部の者の利権の温床になっているから、郵政を解体して民営化すべきであるというのがある。しかし、この理論は主客転倒である。

なぜならば、国民のためになっている国家が運営する郵政の利点と、国民に不利益をもたらすことになる民営化の弊害とを、比較衡量することなく結論付けているからである。

米国では今、最大手の銀行と最大手の保険会社が、国家管理となったも同然である。この時宜にあっては、日本の郵政の民営化は、本当に国民のためになっているのかを再検討し、元に戻すべきであろうと思う。日本の郵政が蓄えてきた日本国民の財産を、ハゲタカファンドやハイエナのような悪辣な略奪者から守らなければならない。

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郵政民営化は再検討すべきだ!

郵政民営化は再検討すべきだ!

 米国が、日本の郵政を民営化すべきだと声高に主張し、要求してきた背景には、米国の民間の保険会社のロビー活動があったという。その最大規模の保険会社は、去年、米国政府がその破綻を救済したAIGである。そして、AIGは、米国という国家が会社を保有したも同然となっているのである。

つまり、現在、AIGは、米国の国営の保険会社となっているのだ。このAIGは、その傘下に生命保険部門と損害保険部門の会社を併せ持つ。

ところで、きのう、日本の郵便局の窓口で小為替(こがわせ)を組んだ。あるNPO法人から資料を送ってもらった代金を小為替にして、お礼状とともに同封し、郵便に託するためだ。

その小為替を組んだ金額は2千円。額面千円の定額小為替2枚である。ところが、その発行手数料として、窓口で200円も請求されたのだ。つまり、千円の小為替につき、手数料100円を請求されたのである。

この金額の数値を拡大して考えれば、2千万円の為替を組むのに手数料が200万円という割合である。比較しやすいように、すべてを算用数字で表せば20,000,000円に対し、2,000,000円の手数料である。

「え、そんなに高くなってしまったのですか!」と窓口で驚嘆の声を上げた。なんと、これは小為替として組んだ金額の1割ではないか。

 いつから郵便局の窓口の手数料が、こんなに高騰してしまったのだろうか。それは、郵政が民営化されてからである。

 ところで、この日本の郵政民営化は、国民の利益になったり、国民の利便性を高めたりする結果となっているのだろうか。否、これには逆に、国民の多くが不利益を感じたり、不便さを感じたりしているのではなかろうか。 

近くにある簡易郵便局や特定郵便局が閉鎖されたり、普通郵便局が統廃合されたりして、郵便局の窓口が減らされてしまった。特に、地方の辺鄙な地域に住む国民には不自由を強いているのではないか。

 せっかくあった安心感のある簡易生命保険や郵便貯金も、市中の私企業が扱う生命保険や預金と同じ扱いになってしまった。

市中では、去年は大和生命保険が破綻したり、かつては北海道拓殖銀行が倒産したりしている。このように市中の私企業は、たとえ優良企業と目されていても、倒産の危険がある。

この市中の荒波の中に、国民が政府を信じて付託していた財産を放擲(ほうてき)してしまう制度にしたのは、国民のためになっていないのではないか。

これは、帰納的に郵便制度が国の機関が行うことが是か非かと考えることより、演繹的に、それを民営化した場合の国民の日常からみた不利益を考えれば、明確に分かるであろう。

そして、郵政民営化は、日本の国家としての内部留保の財産とも考えられる財政投融資資金を枯渇させている。この結果、国の財政運営が硬直化しているのだ。

この内部留保とは、国民の金融資産の一部を、グローバルな資金の流れから遮断し、日本という国家の巨大ダムに蓄えていた資金である。郵貯や簡保で集められた国民の預託金である。

今、この預託金がなくなり、それが市中の金融機関にばら撒かれ、ハゲタカファンドの餌食になる危険にすら晒されているのだ。

もし、今、かつての郵政制度でもたらされていたような財政投融資資金を、政府が使うことができたとすれば、もっと弾力的で実効性のある経済・財政政策が迅速に打ち出されていたことであろう。

赤字国債を発行して市中に金利を払うより、国民の預託金を使えれば、たとえ将来その金利負担をしたとしても、もっと健全な国家財政の運営ができたのではないか。

米国のAIGは、一時的であれ米国の国営になっている。そうであれば、日本の郵政も民営化を再検討すべきであろう。つまり、日本も郵政を国営に戻したほうが良いと思うのである。

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世界的不況の嵐の中の緊急経済対策

アメリカ発の世界的金融危機と不況の嵐の中、アメリカ政府は次々と経済財政政策を打ち出し、実行している。

しかし、日本政府は、後手後手に回り、国家予算の財政規律だの、消費税率引き上げ明示だのと、わけの分からない御託を並べて、国民と国家経済を襲う不況の嵐を回避する手立てをまともにとろうとしていないように感じる。

日本円は、対ドルレートで1ドル85円より高くなってしまうことが目に見えている。これは、外需依存度が高い日本経済に大打撃となるであろう。

これに対する、的確でインパクトのある政策を取れないのは、ねじれ国会からくる政治的空白が招いている結果である。これを政権与党である自公民政権は是正しようとすらしていない。衆議院解散は、なし崩し的に先延ばしされているようである。

麻生総理の支持率が20%台に低落している今、衆議院を解散したら、自民党が大敗を喫し、政権維持が難しくなることを予測してのことだろうが、このままでは、与党すら持たないであろう。それは、日本国憲法が、その条項の中に、内閣不信任決議に基づく衆議院の解散を予定しているからである。

これに関し、端的に論評している日経BPnetのコラムがある。大学教授であり、経済アナリストとしても活躍している森永卓郎氏の12月19日付けのものである。タイトルは、「第165回:支持率急落でも麻生総理の笑いが止まらない理由」である。

今は、麻生総理が「みぞうゆう」と間違って読んだという「未曾有(みぞう)」の世界的金融危機である。一般論や正常時の経済財政対策を施策しているときではない。

ここは、緊急的に財政出動すら必要とされる危機的状況である。つまり、財政規律だの財政の裏づけだのと論じているよりも、借金してでも、つまり、赤字国債の増発を伴ったとしても、緊急な経済財政対策をとる必要がある。それほどの危機的状況である。

国民のセフティー・ネットとしての社会福祉予算の増額や緊急雇用対策への財政出動が必要である。そして、中小・零細事業者への資金繰りのための予算の配分も必要である。

この「未曾有」の危機に対しては、「未曾有」の緊急経済対策をとる必要がある。このままでは、日本経済は大きなダメージを受け、回復不能な危機的状況に陥ってしまう恐れがあるからである。

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国産ジェット機初飛行

新聞の見出しに「国産ジェット機初飛行」とあった。2008年11月29日の日本経済新聞の朝刊第13版、第7面の小さな記事である。

これは、日本製ジェット機の初飛行の記事かと思ったら、中国でのことであった。中国が国産技術で開発した中小型ジェット旅客機「ARJ21-700」が11月28日、上海で約1時間の初飛行に成功したという。

このARJは、昨年12月に第1号機の組み立てが完了したという。そして、そのジェット旅客機は、米国のゼネラル・エレクトリック(GE)系の航空機リース会社を含め、内外から208機の受注を得ているという。

ところで、日本製のジェット旅客機は、いったいどうなっているのだろうか。MRJという三菱重工業製のジェット機の製造は進んでいるのだろうか。いろいろな切り崩しに合って、製造が遅れているのではないか、と懸念される。

そして、なぜ、日本は国家的事業として国産旅客機の製造を推進しないのか、非常に不思議である。MRJに搭載するエンジンも外国製である。この旅客機の心臓部ともいえるエンジンをなぜ外国製に依存するのかも不思議である。

これでは、日本製の自動車を製造するのに外国で開発された外国製のエンジンを使用するようなものである。ジェット機のエンジンの製造技術は、既に基本特許が時効となり、一般に利用できる汎用技術となっているはずである。国産のジェットエンジンを開発しようと思えば、開発できる環境にあるはずである。

技術立国の日本が、なぜ、こうも航空機産業には消極的なのだろうか。ここには、世界的に省エネルギー型の安全なジェット旅客機の需要が大きいにもかかわらず、国家として航空機産業を育成しようという意欲が全く感じられない。

米国発の金融危機の影響で低迷する世界経済の現況は、トヨタやホンダや日産の自動車が、いかに世界中で売れたとしても、日本をはじめ、世界は豊かにならないことを、はっきり示している。

この世界的不況で、ビッグ・スリーといわれる米国の自動車会社が存亡の危機に陥っている。これは再び、日本の自動車会社の安売りが米国の自動車産業を不況にさせているという米国世論に結びつく恐れがあるのではないか。日本の自動車会社の賃金は、米国のそれよりも安いと喧伝されているからである。

日本の自動車産業は、内需にも不安定要素を撒き散らし、日本の工業技術を陰で支えてきた中小零細の製造業に犠牲を強いて、倒産の危機に陥れ、これらの事業者が持つ技術の伝承すら危うくしている。そのうえ、安い賃金の労働者を求めて非正規社員(非正規労働者)の数を増大させ、国民の安定雇用の場をかく乱させてきた。

そのうえ、自動車の需要は、世界の天然資源を食い尽くす恐れがある。このまま、中国やインドで自動車の需要が増え、先進各国並に自動車が普及したとしたら、世界の天然資源はもたないであろう。また、自動車数の増大は、大量の温暖化ガスを排出させ、地球的規模で悪影響を与えるであろう。これは、容易に推測できる近い将来の危機である。

日本政府は、内需拡大を図る政策を速やかに実施し、国内産業の再構築を図る必要がある。その内需拡大とは、労働者に働く場を提供し、妥当な賃金を支払い、その賃金が国内での購買力を増大させ、それが内需拡大に結びつくという持続的な循環に導くことである。

ここには、産業界や経済界とは違った意見にもとづき、政策立案しなければならない場面が多いであろう。そしてここには、リーダーシップを発揮して、政策立案とその遂行を強力に推し進める政治のリーダー、つまり、有能な総理大臣が必要である。日本に航空機産業という新しい工業が発展することを切に望みたい。

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麻生首相の漢字の誤読問題

今、首相の漢字の読み間違いが話題になっている。麻生首相は、漫画は見るが、読書は余りしないのであろうか。漢字の読みを知らないということは、「言語と思考」という観点で考えると、思考力が一般よりも劣っていると判断されても仕方がない事象の現われである。

この問題を考えるうえで、その本質を的確に論評していると思われる、最近、WEB上にUPされた評論二点をここに紹介する。

まず、第一点目は、大学教授で、「民権塾」を主催する田中秀征氏が、11月27日にBPnetの時評コラムにUPした「首相の読み違いで疑われる政治家の知性」である。このコラムでは、麻生太郎首相の読み違い問題にある背景にまで思いをめぐらせ、問題の本質を解析している。

第二点目は、大学教授で経済アナリストとしても活躍する森永卓郎氏が、12月1日にBPnetのSAFETY JAPANのコラムにUPした「第162回 言葉の大切さを理解していない麻生総理」である。このコラムでは、麻生首相に頻出した漢字の誤読の背景にある深刻な事態を解析しているのだ。

そこには麻生首相の誤読につき、日中関連のイベントで「四川大地震は『みぞゆう(未曽有)』の自然災害」「これだけ『はんざつ(頻繁)』に両首脳が往来したのは例がない」と読んだり、参院本会議で「村山談話を『ふしゅう』(踏襲)する」とまで読んだ、と指摘している。

これらは、いずれも辛口の論評である。しかし、そこには、日本の総理大臣として、自公政権を率いる麻生氏の首相としての資質どころか、日本語能力が問われる深刻な事態であることが危惧されているのだ。

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日本は泥舟と共に沈没する危険がある!

米国発の金融危機は、深刻な影響を世界経済に与えている。これを深刻化させた、重大で、直接的な原因の一つは、リーマン・ブラザーズの破綻であろう。そして、これを米国が救済しなかったことが、世界の金融機関等に重大な影響を与えつつ、尾を引いているのである。

モルガン・スタンレーやAIGやGMを救済できるならば、このリーマン・ブラザーズは破綻させるべきではなかった。そう思っている米国の経済、財政学者や経済アナリストたちが多いのではないかと思う。しかし、それは後の祭りである。

日経BPnetのSAFETY JAPANのコラムで11月25日に最も読まれた記事は、大学教授で経済アナリストとしても活躍する森永卓郎氏が筆した「米国という泥舟にしがみつく外交でよいのか」という記事である。この記事は、26日も、同記事の5位につけている。

この記事で、森永卓郎氏も指摘しているように、「欧州は米国式金融資本主義と決別するために『損切』」をする」行動に出ている。しかし、日本では、与党の自公政権は、第二次補正予算案を国会に上程することを避けて、臨時国会を閉幕することを模索しているのだ。

これでは、この米国発の世界的な金融危機が、日本経済にも深刻な影響を与えることを避けきれないのではないか。米国は、金融危機で経済が麻痺し、炎上している状態である。そして日本も、その火の粉をもろに被って、延焼してしまうのではないかと危惧されているのだ。

これは、表現を変えれば、「米国という泥舟にしがみつく」ことで、日本も一緒に沈没してしまう恐れがあるということである。

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トヨタ自動車相談役の暴言と対極の「コラム」

 厚生労働省が所管する年金記録問題などへのメディアの批判や追及は、国民の「知る権利」に大いに貢献している。

 ところが、メディアの報道によると、トヨタ自動車相談役、奥田碩氏が12日、「あれだけ厚労省がたたかれるのは、ちょっと異常な話。正直言って、私はマスコミに対して報復でもしてやろうかと(思う)。スポンサーを引くとか」と発言したという。これは、首相官邸で開かれた有識者懇談会とされる「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」の席上であったという。

 こんな暴言が、日本を代表する一流自動車メーカーの相談役から飛び出すのには恐れ入った。マスコミを敵に回して、トヨタ自動車には宣伝効果があるのであろうか。奥田氏は日本経団連会長を歴任し、現在その名誉会長にも就任している。しかしこれは、一流自動車メーカー、トヨタ自動車の役員であることから選任されているのではないか。

ここに奥田碩氏と対極の意見を表明した森永卓郎氏の日経BPnetのSAFETY JAPANのコラムがあるので紹介する。タイトル第159 メディアは年金改ざん問題をもっと追及すべである。ここでも指摘されているように、年金改ざん問題は年金記録問題とは違って、重罪だ。著者の森永卓郎氏は、大学教授でもあり、経済アナリストとしても活躍している。

厚生労働省に対するメディアの批判は、理由のない批判ではない。厚労省に対しては、前述の森永卓郎氏が指摘する年金改ざん問題を始め、年金記録や薬害肝炎、産科医不足、労働者派遣の問題などの一連の不祥事や不手際がメディアに批判され、追及されているのだ。これらの批判は、国民世論としても当然の批判として受け取られている内容だ。そして、メディアは「国民の知る権利」に大いに貢献している。

それをマスコミの対応が悪いと言って、「報復でもしてやろうか」とは、お門違いもはなはだしい。これでは、メディアに対する恫喝ではないか。そして、結果として「国民に知らせるな」と言っていると同じではないか。このような資質の人が座長として関与しているとは、何ともお寒い「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」であるように思えるのだ。

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早期の衆議院の解散と選挙で新しいリーダーの選出を!

ここに最近、WEBサイトにUPされた麻生首相に対する辛口の論評、二つを挙げる。いわゆる選挙管理内閣として発足した麻生内閣を率いる麻生首相に、一国の内閣総理大臣に必要とされる資質があるかどうかを考える上で、たいへん参考になる。

一つ目は、日経BPnetのWEBサイトの「時評コラム」に載った、大学教授で、「民権塾」を主催する田中秀征氏の「麻生首相、気になるのはバー通いよりも言葉遣い」の記事である。

二つ目は、やはり日経BPnetのSAFETY JAPANの「コラム」に載った、大学教授で、経済アナリストとしても活躍する森永卓郎氏の「第158回 庶民の実感を想像できない麻生総理」の記事である。この記事は、日経BPnetのSAFETY JAPANで11/04に最も読まれた記事ベスト10のTOPの記事である。

これらの記事は、それぞれの論者の切り口で語られていて、たいへん面白い。そして、これらの記事を読んでみると、麻生首相には、内閣総理大臣たる資質があるかどうかが、非常に疑われる。多くの人は、麻生首相は、総理の座にしがみ付くのではなく、早く次の内閣総理大臣にその座を譲り渡すべきである、ということに思いが至るであろう。

今、世界を混迷させている経済、金融危機への対策は、短期に終わるのではなく、長期に渡って必要であろうことが分かってきた。かの超大国のアメリカの大統領選挙では、民主党のバラク・オバマ氏が、共和党のジョン・マケイン氏を大差で引き離して、新しい大統領に選出された。人種差別が今でも根強く残っていることが感じられるアメリカで、初めてのアフリカ系の大統領である。しかし、国民の信頼が厚い新しいリーダーの誕生である。

ここは日本でも、国民の信頼に足る内閣総理大臣を早期に選出し、強いリーダーシップのもとで、思い切った経済政策と社会政策を立案し、遂行してもらいたいものである。そのためには、早期の衆議院の解散と選挙が避けられないだろう。

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数が多いのを奇貨として衆議院解散の国民の要望を気化させるべきではない!

 日本語のように表意文字となっている言語には、同音異義語が多い。標題のように「奇貨」と「気化」がそうである。 また、「信認」と「信任」もそうである。広辞苑によると、「信認」とは、「信用して承認すること」とあり、「信任」とは、「信じて仕事を任せること」であるという。

  ところで、今の内閣は、国民の「信認」の得ることまでは、無理としても、「信任」を得ているのだろうか。これは、「否」と言うほかないであろう。なぜならば、今の内閣は、約3年前の郵政選挙と言われた小泉政権の郵政民営化路線を問う衆議院選挙で選ばれた議員により、国会が構成される中で登場した内閣であるからである。その郵政選挙後、安倍、福田と約1年間隔で内閣総理大臣が2人も政権投げ出しの体で辞任している。その後に登場したのが、今の麻生首相であり、その首相のもとの現在の麻生内閣である。

 今、この内閣が、国民の信任を得ることもなく、数の力で強引な国会運営を行い、将来に禍根を残すような政策を次々に打ち出すことに、心ある国民は、心配しているのでないだろうか。今の経済、金融危機の原因となった詐欺まがいの金融工学的理論と同根の理論で、政策を立案すべきではない。

 このところの政策提言は、異常である。背景にどんな政策提言集団がついているのであろうか。アメリカで破綻が相次いだ金融機関などと同類の利益集団や、また、この息のかかった利益集団が擁するシンクタンクや、財界寄りのシンクタンクからの政策提言の強い影響を受け、奇異をてらうことで、目立つ政策を遂行しようとしているなら、大問題である。

 各利益集団が擁するシンクタンクの多くは、「我田引水」を文字どおりに目論む。政治には、ロビー活動による影響を受けるのが、避けられないとしても、もっと大局的見地に立った、国民目線の政治を行うべきであろう。経済政策で国民にばら撒きのアメをしゃぶらせておいて、裏では、金融機関等の不良債権や破綻同然の会社の株式を、何らのモラルハザードを追求することなく、莫大な国費を投じて買い取ることなどを画策しているのではないか、と懸念される。将来の国民に大きな負担を強いることには、慎重の上にも慎重であるべきである。

 政治は、国民の安心、安全を確保する責務を持つ。そして、国民のだれもが最低限の生活ができるようにする責任がある。ここでは、政治の持つ富の再配分の機能が重要である。
 
 今、直ぐにでも必要な政策は、国民のセーフティーネットとしての年金や健康(医療)保険問題、最低生活費保障の問題、個人的格差と地域的格差から派生する貧困、教育の機会不均等の問題などへの手堅い施策であり、その遂行である。これ以上格差を拡大させれば、さらなる治安の悪化を招く。必要なのは、国民に適正水準の収入を得られる働く場を与え、事業者が安心して雇用を維持できる環境を整えることである。そして、これをベースに内需拡大策をとることである。アメリカ発のバブルがはじけて淘汰されようとしている経済、金融システムを援助する国費があるなら、直接、実体経済を支えてきた農林、水産、商業、工業の事業者と国民一人一人に視点をあて、国費を使うべきである。

 もし、ここで特定の利益集団や財界よりの政策に多大な国費を費やし、将来に過大な国民負担か生じる政策を遂行しようとするなら、直ぐにでも衆議院を解散して国民に信を問うべきである。そして、その支持があるかどうかを確認すべきである。郵政選挙で増えた議員数があることを奇貨として、政策を強行すれば、その嫌悪感が国民に浸透し、その後も大きく支持を減らすのは、自明の理であろう。衆議院で与党の自民党、公明党の議席の数が多いのを奇貨として、衆議院の解散を求める国民の要望を気化させるべきではない。

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マネーゲームと1個1円単位を売上げる実体経済

東京の下町には、「~螺子」とか、「~螺子工業」という名の町工場がたくさんあった。ところが、今ではこれらの町工場は、いろいろな事情で、倒産したり、廃業したり、また、郊外に移転することを余儀なくされたりして、その数を大きく減らしてしまった。

「螺子」とは、「らし」とも読むが、「ねじ」とも読む。つまり、「ネジ」のことである。製造されたネジは、たとえば、直径1ミリメートルで長さ3ミリメートルの小さなネジが、大きさが10センチメートル四方で深さ2センチメートルの、厚紙の箱に3万個入れられて、1個1円20銭で計3万6千円、などの値段で取引きされていた。これは、実体的経済の中で製造業として日本の工業を支えた中小零細企業の話である。しかし、今でもネジ製造を続けている事業者の話でもあるのだ。

つまり、現在もネジの製造をしている螺子工業には、1個1円単位のネジを製造しているところもあるのだ。これは、大手の電子機器製造会社に勤めている友人から聞いた話だが、以前は、1個が1円未満で、何十何銭という単価のネジの納入もあったという。しかし、さすがに最近では、単価1円未満のネジはなくなり、最低でも単価は1円になったそうだ。

ところで、この1個1円単位のネジを造る製造業が経済活動している実体経済と同じ土俵で、また、同じ貨幣単位で計算される市場経済の中で、マネーゲームで何億円、何兆円単位のバブルを煽ってその暴利を貪ってきた金融資本主義のもとの利益集団があるのだ。そして、そのバブルがはじけて大きな損失にあえぐその利益集団と共に、瓦解していく金融資本主義があるのだ。この金融資本主義には自己規律性がなかった。そこにはモラルハザードが容認されていた。

今、欧米の各国では、マネーゲームによる損失があまりにも大きいということで、その損失を政府が面倒みなければ、実体経済にもマイナスの影響を与えるということが喧伝(けんでん)されている。そして、金融機関などの不良債権を政府が買い上げることの是非が問題となっている。そこには、自己規律性がなかった金融資本主義のモラルハザードを宥恕していいのかどうかの議論があるのだ。

現在の世界経済は、マネーゲームで膨らんだバブルによるマネーがあふれている。このバブルを終息させなければ、実体経済は、架空経済の下敷きにされ、マネーゲームの草刈場(入会地)とされて、健全な循環型経済は機能しないであろう。

米国発のバブル崩壊による世界の金融危機は、金融資本主義のもとで、金融機関などが、自ら参入していたマネーゲームの決済資金に逼迫したことに大きな原因がある。したがって、資金繰りが逼迫している金融機関などでは、それを信用収縮と呼ぼうが呼ぶまいが、他者に貸出す資金を手当てするどころではない。

今、このようなマネーゲームを正当化させてきた、自己規律性を持たない金融資本主義は、終焉の時を迎えているといえよう。この終焉の時を、いたずらに先に延ばすべきではないのだ。ここは一気に膿(うみ)を出し、経済の健全さを取り戻す、またとないチャンスである。

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国産旅客機製造の悲願達成には、政府が資金を援助すべきだ!

 昨今、マネーゲームに明け暮れていた世界の金融機関などの、架空経済の取引の横行が巷間を騒がす中で、対極にある実体経済の世界で実績を積み上げていた日本の自動車産業は、優秀であると聞く。日本の自動車は、世界の中で高い評価を得ている。故障が少なく、燃費がよいうえ、操作しやすいという。このような優秀な自動車を造ることができる日本には、優秀な航空機を造る技術とノウハウが今でも十分に備わっていると思う。

れは、日本には、ゼロ戦や飛竜などの優秀な国産航空機を造ってきた実績と歴史があり、これが、現在の優秀な日本製自動車を造るための技術とノウハウの基礎となってきたと言われているからだ。(参照:NikkeyのBPnet「時評コラム」、猪瀬直樹氏の「眼からウロコ」、「日本は航空主権を回復する必要がある。」)

 ところが日本では、国産のプロペラ機であった旅客機、YS-11が世界の空を飛び回っていたにもかかわらず、製造を中止してしまっているのである。もし、この飛行機の後継機を開発し、さらにジェット機の製造を模索していれば、日本は、それまで蓄積された技術とノウハウを持続、発展させながら、もっと輸送量が多くて、燃料効率のよい、安全な飛行機を製造し続けていたであろう。そうすれば、世界の空には、もっと安全な航空機輸送が確保されていたと思うのだ。

 現在、日本では三菱重工やホンダ、富士重工などが、それぞれ国産の航空機事業を推進している。また、IHI(もと石川島播磨重工)は、国産軍用機のエンジンを開発している。そして、ヤマハ発動機は、農薬散布などにも使える無人操縦ができるヘリコプターを製造している。この中でも三菱重工は、MRJ(三菱・リージョナル・ジェット)といわれる近距離用の小型国産旅客機の開発を推進しているのだ。

  しかし、一私企業がそれぞれにこの国産の航空機を造る事業を推進するには、いろいろな高いハードルがあるであろう。まず、第一に開発資金の問題、第二に製造技術の問題、そして、第三に販売方法の問題、さらに、第四に国産機開発のモチベーションの問題などである。

  第一の開発資金の問題であるが、旅客機製造となると、研究開発費の膨大さもさることながら、製造ラインも大掛かりになり、先行投資が莫大になる。これは、持続的に製造と販売で企業活動が円滑に回り始めるまでには、その莫大な資金を手当てする必要があるからである。これには、国家的プロジェクトとして、政府が資金援助するのが望ましい。つまり、政府が主導して、資金援助を行うべきであろうと思うのだ。

  第二に製造技術の問題である。日本は、流体力学や航空工学、構造力学、素材工学などに関する技術やノウハウの研究開発に優れている。しかし、航空機製造に関する技術の全てを一私企業に委ねるのは、余りにも荷が重過ぎると思うのだ。航空機の製造には、新規の技術開発のみならず、特許権や意匠権などの知的所有権に関わる問題もあり、複雑である。ここは、産業技術総合研究所などの3つ以上の機関に航空機製造のための技術とノウハウの研究成果を蓄積させ、国家的プロジェクトとして実施すべきであろう。

  この3つ以上の機関とは、研究成果を蓄積させる機関であるが、これは、鼎立(ていりつ)以上で、つまり3つ以上の複数であることが望ましい。それは、第四のハードルにも関係することだが、国産航空機開発のモチベーションに対し、技術的な問題などで、他国からの切り崩しや妨害にあった場合に、防戦する力を温存し、挑戦し続けるモチベーションを持続させるためである。

  第三に販売方法であるが、かの超大国では、政府機関が自国製の旅客機や軍用機の販売を推進している事実がある。政府機関を動員して、外交問題に絡めてセールス活動を行っているのだ。したがって、日本勢が航空機部門で世界的な販売の中で競争するには、やはり、国家的プロジェクトとして実践しなければ、勝算はおろか、また、製造中止されたYS-11の二の舞を踏むことになってしまう危険がある。ここには、国の関与、サポートが大事であろう。

  第四に国産航空機開発のモチベーションの問題である。株式会社であれば、その目的は利益追求が第一義であろう。だとすれば、営業戦略として、他の事業部門で利益をあげることとの衡量から、国産航空機製造部門の発展拡充の勢いが減衰させられ、開発のモチベーションが低下したり、消滅したりすることが考えられる。これは、他国の航空機製造会社やその会社を擁する国家からの切り崩しにあった場合などである。たとえば、ボーング機の主翼の一部や尾翼の一部などの製造委託や、自動車や重機などの受注と引き換えに、国産旅客機の開発の断念を迫られるなどの場合である。

  これを防止するために、国産航空機の製造には、企業グループを結集させ、2社以上の国策会社を立ち上げることが効果的であろう。そうすれば、これらの国策会社は、国家的プロジェクトとしての資金や技術などのサポートのもとで、お互いに競争しながら、速やかに、優秀で安全な国産航空機を、安定的に製造できるであろう。なお、航空機には、ジェット機ばかりではなく、地方の短い滑走路でも利用できるプロペラ機やヘリコプターもあるのだ。そして、旅客機には、遠距離用もあり、大型機もあるのだ。日本の航空機製造会社には、製造する機種にバリエーションを持たせ、これらの製造も手がけて欲しいものである。

 製造した航空機の需要が見込めないというのであれば、日本の航空機産業を金縛りにしてきた「武器輸出三原則」を見直し、他国にも自由に販売できる道を模索するのも一考であろう。日本の航空機が輸出されたからといって、戦争の危険を増大させるものではない。なぜならば、日本が輸出しなくても、かの超大国が大量の戦闘機や武器弾薬を輸出しているからである。かの超大国の占領政策のもとで押し付けられた原則は、見直す時期に来ていると思うのだ。

  国産の航空機製造の悲願は、外圧をはね退けるためにも、政府主導による国家的プロジェクトのもとで行うべきである。技術立国といわれる日本には、国産航空機製造の優れた技術とノウハウを国家の政策目標として蓄積すべきである。それは、その技術とノウハウが、日本の他の製造業にも、大いに役立つと思うからである。また、航空機産業の裾野は、広大に広がるため、日本の製造業を支える中小零細企業にも活気をもたらし、実体経済の発展に大きく寄与してくれると思うからである。

その結果として、日本は、世界の空でより安全で確実な航空機輸送力を確保することに、大いに貢献することであろう。

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赤信号、みんなで渡れば怖くない方式のマネーゲーム

 アメリカ発の金融危機の原因は、ネズミ講にも似たマネーゲームの架空経済取引に、多くの金融機関などが参入していたことにある。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」方式の参入の仕方である。しかし、ネズミ講は、いずれ破綻することが計数的に証明されるので、日本では無限連鎖講として法律で禁止されているのだ。

このマネーゲームも、計数的にはいずれ破綻することが想定されていた。そして、これが破綻したのである。この架空経済取引が、アメリカ型の金融工学というまやかしの理論によって支えられ、アメリカ政府がこれにどっぷりと浸かり、規制すらしなかったことが、傷を大きくし、深くしてしまっている。世界の金融機関などが、このアメリカ型マネーゲームに参入し、みんなで渡れば怖くないという空気で、バブルで膨らんだ架空の利益を貪ってきたのである。これがヨーロッパ各国などにも深刻な金融危機をもたらしている。

土地が暴落し、株が暴落し、原油などが暴落している。「空売り」という手法を今さら規制してももう手遅れである。経済システムを根本的に改革し、実体経済中心のシステムに変えていく必要があるであろう。

 金融機関などは、ハイリスク・ハイリターンを求め、先物やデリバティブ、証券化商品などに投資し、大きな利益を上げ続け、それがいつまでも続く経済システムであるかのように錯覚しているかのようであった。それは、マネーゲームという、いわば「ばくち」である。そして、個人投資家や機関投資家に、これによる利益が確実であるかのように宣伝し、その購入を勧め、売買手数料を稼いでいた。

しかし、売買手数料だけでは、たかが知れた収入しか上げられないので、金融機関などやそのグループ企業みずからがこれらの胴元になり、その購入者にもなっているのだ。

したがって、たとえば投資信託などで損失が出れば、その損失を自分のところで背負うということは避けたいだろう。だとするならば、その損失は、誰が背負うか。これは、まず、一般投資家である。そして、次に機関投資家。最後に誰も背負わなくなった損失を金融機関などとそのグループ企業などが背負い、背負いきれなくなったところで破綻する。

この破綻の影響は甚大である。米国の大手証券会社、リーマン・ブラザーズの破綻の影響は何波にもわたる大きな津波となって、金融機関などの資金繰りを逼迫させ、世界の実体経済に大きな打撃を与えるであろう。それは、株式の先物取引などの二・三か月後の決済や、空売りの六か月以内の清算義務などが、待ったなしで回ってくるからである。そのたびに株式相場は、清算売買や再度の空売りなどで乱高下し、最後に暴落するであろう。

アメリカ発のマネーゲームの破綻による損失を最終的に誰が負担するか。つまり、誰が最後にババを引くかである。そのババを誰にするかの駆け引きが始まっている。ここは、国家としての日本のみならず、日本銀行をはじめ日本の金融機関、各企業、ひいては国民一人ひとりが、自らがババにされないように十分注意する必要がある。

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音声認識装置と国会論戦

 おととい(10月1日)の衆議院本会議での国会の論戦を見ていると、どうも自民党側の発言者は、機械的音声認識装置には馴染まない発声と不明瞭な文意の日本語を話しているように思えた。

麻生首相も細田博之氏も声がくぐもり、音声認識をしてくれる機械が、日本語として判別してくれないのではという懸念が残った。麻生首相が先日行った国連の演説で、機械が自動翻訳してくれないから、再度スピーチをして欲しいとの要求があったとのエピソードは、うなずける話だ。 

これに反して、民主党の小沢代表や鳩山由紀夫氏の発声は明瞭であり、話の文脈の明快さから、これは音声認識装置が正常に働き、自動翻訳がスムーズになされるだろうと安心感を抱いた次第である。日本語は、「てにをは」を明確に、母音をはっきりと発声しなければ、聞きにくい言語なのである。

この国会論戦を通じて、麻生首相になってからの初めての所信表明演説で、政権与党の自民党の総裁である麻生首相が、野党の民主党にあからさまに敵意をむき出しにして、誹謗中傷している様は、選挙に敗北した野党のように思えたのは意外であった。

国会の場を議論の場ではなく、メディア対応の劇場型民主主義の舞台にしてはならないだろう。そして、議場の指向性マイクにも入ってしまうほどの野次と怒号からは、この国の国民主権に基づき、信任された国会議員がまじめに会議に臨んでいるのか、たいへん危惧される事態であることが分かった。

今後は、国会の議場内に備えられているテレビカメラには、野次と怒号に自動的に焦点が合うように設定し、その発声の主の声と形相(ぎょうそう)を全国民に向けて放映してもらいたいものである。

そうすれば、この民主主義の国家における国民の知る権利に大いに貢献してくれると思うのである。それは、国民が、国会に送り出す国会議員という国民の代表を選ぶための選択基準を得るのに、大いに貢献してくれるであろう。

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暗殺されたに等しい福田首相の辞任表明

9月1日の夜、福田康夫内閣総理大臣の緊急記者会見での突然の辞任表明をテレビで見た。これにはさすが唖然とした。福田改造内閣が発足して、わずか1か月。そして、次週には臨時国会が召集されるのを控えてのタイミングである。この緊急記者会見での唐突な辞任表明は、ちょうど1年前の安倍晋三内閣総理大臣の辞任表明と体裁、内容が同一である。

これは、内閣総理大臣が暗殺されたにも等しい辞め方である。内閣総理大臣とは、首相であり、言葉を換えれば、宰相である。すなわち、この辞任表明は、一国の宰相の暗殺事件にも等しい重大事件である。

日本では、二代も続けてこの一国の宰相が、どうしてこのような辞め方をしてしまうのであろうか。ここは、後世のためにも、しっかりと事実関係を調査、検証し、記録しておく必要があるであろう。

「暗殺」とは英語では、”assassination”という。そして、この英語の意味には、「暗殺」という意味の外に、「<名誉・人格など>を(卑劣な手段で)傷つけること」の意味がある(ジーニアス英和辞典、大修館書店)。今回と前回の首相の辞意表明は、まさに、この後者の意味に該当する深刻な事態で、二人の首相が傷つけられている結果となっている。これには、いったい何が原因しているのであろうか。

宰相の「暗殺」とすれば、国家の安全保障上、極めて重大な事件である。この二人続けての宰相の突然の辞意表明を、単なる個人の資質や性格の問題として片付けてしまうには、あまりにも事が重大であり、国政に対する影響が甚大であることを考えると、座視できない。次週に予定されていた臨時国会の召集も延期されることになった。昨今の世界経済の景況悪化の中で、そして、国内景気が大きく低迷している中で、政治の空白を生む結果を招いている。

安全保障にかかわる関係当局は、この首相の辞意表明に至る心境の変化につき、誰がどういう働きかけをしたか、どのような言辞をもって首相に働きかけたか、などの事実を具体的な裏づけをもって検証し、記録しておく必要があるであろう。

今後、日本で同様な事件を起こさないためにも、また、後世の政治家に同じ轍を踏ませないためにも、ここは、しっかりと検証しておく必要があるであろう。

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日本語教師は、低収入で非常勤が多い!

    日本語教師という職業を取り巻く現状は厳しい。きのう(8月24日)、朝日新聞東京本社・朝刊第13版第3面の中央部分に『低収入・非常勤「生活できぬ」』の見出しで、日本語教師の現状を解説する記事が載った。あるアンケートの結果、「常勤者だと平均月給は21万1千円」とある。また、『自由回答には「家族は養えない」「国のバックアップが必要」といった訴えが並ぶ』、とある。うなずける内容だ。

なぜ、こうも日本語教師の世上の評価が低いのであろうか。それは、日本語教師が労働市場では供給過剰状態のうえに、そこには、日本語教師を養成する機関が日本語教師を雇う機関を兼ねている、という構図があるからである。その機関は、多くの場合、文部科学省が所掌する学校教育法上の学校ではなく、利益追求を第一義と考える株式会社である。英会話学校で有名だったNOVAは倒産したが、そのNOVAも株式会社であった。

外国人のための日本語学校を開設している株式会社が、日本語教師の養成講座を開設し、そこからも利益を得ようとしている。したがって、そこに日本語教師として雇われても、自分の利益(給料)を高額で得ることは、困難であろう。まして、日本語教師から教えられる側の外国人は、日本よりも給与水準が低い地域から来ている人たちが多いのである。そんなに高額の授業料は支払えない人たちが多いのだ。

これから日本語教師になろうとする人は、ここは、じっくりと考える必要がある。

ワーキング・プアを押してまで、日本語教師になりたいかどうか、また、それを押して続けられるかどうか、をである。

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山は素晴らしきもの。だが、侮れない危険が潜んでいる!

 ことしは、正月早々から山の事故で山仲間2人を失った。正月のニュースを騒がせた槍平の雪崩事故で、である。本来、雪崩が襲うことは考えられない場所での雪崩による事故であった。そして、この夏も、我が山岳会メンバーではないが、穂高岳や白馬岳などで物故者が相次いだ。山には、人間が日常生活する場とは違い、予期せぬ危険が潜んでいる。山岳遭難が発生しやすい所以(ゆえん)である。

今週も、白馬大雪渓の土砂崩落により、尊い命が失われた。白馬大雪渓は、毎年大勢の登山者がここを通って白馬岳に登り、ここを通って登山口の猿倉に下山する。その大勢の中から、毎年、何人かが事故に遭い、犠牲者が出ているのだ。今回、山岳ガイドとともに犠牲になった登山者も、深田久弥が選定した日本百名山の完全登破でも目指していたのだろうか。

夏でも雪渓が残る山域では、落石や土砂崩落、雪崩が起きやすい。飯豊連峰(いいでれんぽう)の梅花皮小屋(かいらぎごや)下部の石転沢(いしころびざわ)、北アルプスの白馬大雪渓をはじめ、針ノ木大雪渓、剣沢や涸沢(からさわ)の雪渓などだ。いずれも、夏でも沢を詰めるのにはアイゼンが必要な場合が多い。

雪渓を通過するのには、途中にクレバスができていたり、積雪の下が空洞になったりして、スノーブリッジ状態となっているなど、危険が多い。雪渓を一般登山道とするには、積雪の状況を含め、降雨や気温などの状況を総合的に加えた、落石や土砂崩落、雪崩などの危険性の判断基準を作り、その特定の地域の危険性を表示するシステムを作るべきであろう。

ただし、そもそも山登りとは、日常とは違う危険性を伴うスポーツである。この危険を認識しながら登山しようとする者を妨げてはならないだろう。これは、岩登り、沢登り、積雪期登山に準じる危険性を伴う登山であることを認識し、それに対する十分な知識と経験があり、装備を整えるものには、門戸を開いておく必要がある、ということである。

余談だが、Akkiiも、北は北海道の離島、利尻島に聳える利尻富士や、知床半島の羅臼岳から、南は鹿児島県の離島、屋久島にある宮之浦岳に至るまで、深田久弥が選定した日本百名山の100座を山仲間と共に完登した。もちろん、その中には、日本の屋根といわれる北アルプスや中央アルプス、南アルプスの山々が含まれている。そして、この日本百名山には、さすがに名山が多い。しかし、中には、何でこんな山が、と思える山もあった。荒島岳と恵那山がその代表格に挙げられるであろう。しかし、深田久弥が、登山が今ほど盛んでなかった時代に歩いた、沢山の山から選定した100座である。そこには、それなりの選択基準があるようである。

山は人を誘う。これは、山に取り付かれた者だけが抱く感慨である。山歩きにも目的を持つことは、そのモチベーションを高め、いいことである。人によっては、日本百名山や二百名山、関東百名山などを踏破するという目的を持つこともあるであろう。また、オールラウンドに、また、いろいろなバリエーション・ルートで山を攻略する目的を持つこともあるであろう。何で苦労しながら、また、重いものを背負いながら、山に登るのだろう、と人は思うかもしれない。しかし、登山愛好家にとっては、山は、その労をもいとわない素晴らしきものなのである。だが、そこには、侮(あなど)れない危険が潜んでいる場合があることを、肝に銘ずる必要があるのだ。

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北京オリンピックでの日本の無口さ!?

北京オリンピックを見ていると、いろいろな競技で、ジャッジの不正とも思われる、日本に不利な判定が数多く出ているように思える。これは、日本を応援するAkkiiの気持ちがそう思わせているのであろうか。否、同じような意見を持つ日本人が多いのではないだろうか。

テレビの北京オリンピックの放映では、アナウンサーや解説者は、抑え気味に、あまりジャッジに対する不平不満を言わないようにしているようである。しかし、あまりにも目に余るシーンが多々あるように感じるのだ。

これは、日本に対する世界からの評価や批判が背景にあるのであろうか。日本人は、世界の人たちに対し、自分の考えや意思、感情を表現することが下手で、抗議したい事柄の理由付けすら、うまく表現できていないのであろうか。あまりに見え見えの不公正なジャッジには、日本は理由を付して抗議し、反論すべきである。

英語を始め、世界の大多数の言語でのコミュニケーションでは、理由付けが大事である。相手の話している言葉の意味を理解できただけでは、コミュニケーションは成り立たない。そこには、自分の考えや意思、感情を上手く表現できて、なぜそう考えるのか、また、なぜそう思うのかを、必要に応じて表現できなければならない。

そして、言語は、聞いて理解できるだけでは、その言語を使って、会話としての発話をすることができないのだ。これはAkkii が、ブラジルから来ているポルトガル語を母語とする人たちに日本語を教えていて、特に感じたことである。彼らには、4、5年も日本に住んで、仕事をしていながら、日本語の簡単な会話もできない人が多かったからである。日常の中では、仲間内の言語であるポルトガル語で大体の用が済んでしまう。そして、日本人が話している日本語は、大体理解できるのである。

しかし、彼らが、一歩日本人の中に入ると、道を聞きたくても道も聞けない。スーパーで物を買いたくても、その物がどこにあるのかも聞き出せない。そのうえ、タクシーに乗っても行き先や降りる場所も、日本人に通じるように表現できないのである。したがって、最寄りの駅からタクシーに乗って自宅に帰ることすら、尻込みしている状態であった。

つまり、このことが物語るのは、会話とは相手の話を聞いて理解できるだけでは、始まらないということである。すなわち、言語を習得するには、発話の練習も大事であるということなのだ。

今、大学入試では英語のヒヤリングが重視されている。しかし、同様に、会話での発話力、表現力も重視する必要がある。つまり、スピーキング、特に対話(ダイアローグ)を重要視しなければならないということである。

そうでなければ、世界中からいろいろな注文を押し付けられ、無理難題を吹きかけられながら、その意味は分かるが、反論できない日本人が量産されてしまう懸念があるからである。

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中国・毒ギョーザ事件隠蔽は憲法違反の疑い!?

行政には法令適合性が求められる。憲法を遵守しなければならないのは、言を俟たない。そして、日本国憲法第66条には、内閣の行政事務は閣議による合議制によって行われることが規定されている。閣議は、内閣総理大臣と全国務大臣により構成され、その議決は全会一致が原則である。また、大臣の皆さんの多忙さを考え、閣議は、必ずしも一同が集まって会議を開く必要はなく、持ち回り閣議、すなわち書面回覧により閣議とすることもできる。なお、内閣総理大臣の意向にそぐわない国務大臣や意見が合わない国務大臣は、内閣総理大臣が罷免することができる。内閣総理大臣は、この人事権によって意見が統一された内閣を作ることができるのである。

ところで、今、騒ぎが大きくなっている中国国内での毒ギョーザ食中毒事件は、閣議に報告されたのであろうか。また、そこでその取り扱いが協議されたのであろうか。高村外務大臣によると、中国側からの公表しないでくれとの要請で、「首相官邸、警察庁、外務省に限定して情報を共有した」(朝日新聞東京本社8月8日朝刊第13版第1面)という。

これが事実とすると、中国国内での毒ギョーザ食中毒事件は、閣議にすら報告されていなかったようである。新任の野田聖子消費者行政担当大臣(食品安全担当兼務)にも知らされていなかった。つまり、政権を担当し、協議し合う内閣の各大臣にすら、この事実を秘匿していたということである。これでは、ナチス・ヒットラーの独裁政権と同じになってしまう。民主主義に基づく政権政府とは言えないのではないか。

もし、閣議にもかけずに、一部の人間だけでこの国民の生命、身体の安全に関わる外国政府からの情報を隠蔽していたとしたら、これは日本国憲法第66条違反の疑いがある。

この冬に日本で発生したこの毒ギョーザによる食中毒の被害者には、医療機関への救急搬送で胃洗浄などの救命処置を受け、一命を取り留めた人もいる。また、その他、重篤な症状で治療処置を受けた人も多数いる。この処置が遅れていたら、死人が出ていたことであろう。さらに、医療機関への救急搬送を受けないまでも、毒入り餃子(ギョーザ)を食べて体調不良を訴える被害者が大勢出ているのだ。ことは重大である。

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日本の安全保障と毒入り餃子事件

三公社五現業といわれた時代の公社の一つ、日本専売公社は、現在、民営化され、また、改編されてJT、つまり日本たばこ産業となっている。このJT傘下のJTフーズが中国の食品製造会社、天洋食品から輸入した餃子に致死量を超える毒物が混入していたため、日本各地でこれを食べた人たちに食中毒が発生したのは、この冬のことであった。

この食中毒事件について、日本の警察が科学的捜査をした結果、この毒物は日本では製造されておらず、また、外装の包装フィルムは毒物を透過しないため、この毒物は、餃子製造過程で包装される前に餃子に混入されたものであることが証明された。しかし、この結果が中国側に伝達されると、中国側から、日本の警察の科学的分析を否定する、一方的で理不尽な回答があった。つまり、中国国内では、食品製造過程の管理が徹底しているため、毒物が混入されることはない。外装フィルムは毒物を透過する場合がある。日本の流通過程で毒物が混入したものではないか、というものであった。そして、日本の警察からの合同捜査の要請と日中共同での科学的分析結果のすり合わせの申し出を中国側は拒否していた。

しかし、今、中国製餃子への毒の混入は、やはり中国国内での犯行である疑いが濃厚になった。これは、製造会社の天洋食品が、日本への輸出がストップしたため、やむなく回収した餃子が、どういう訳か中国国内で流通し、これを食べた中国人の間で食中毒が多数発症したことで分かった。この中国国内で食中毒があった事実と、毒物が中国国内で混入された疑いが濃厚である事実は、中国当局から日本側へ1か月以上前に伝えられていたという。

  この事実を、日本政府は、国民に知らせないままで1か月以上も秘匿していた。なぜだろう。これは、重大問題だ。なぜならば、中国製毒入り餃子事件は、日本へ向けられた中国国内からの無差別毒殺テロであるからだ。天洋食品が製造していた餃子は、日本語が表示されたパッケージに入れられ、日本に輸出されるものであることは、餃子を製造している従業員には知悉されていた。日本で食べられる餃子であることが分かっていた上で、毒を混入させたのである。日本では、誰の口に入るか分からない。日本人を狙った無差別毒殺テロである。

  これは、食の安全の問題というより、無差別テロの問題である。犯罪捜査という以前に、無差別毒殺テロの疑い、蓋然性は、国民に速やかに知らせ、再三、注意を喚起すべき事案であろう。中国側も、当初の見解を改め、中国国内での毒物の混入の疑いを認めているのである。

こんな重大な事実を、なぜ、日本政府は国民に知らせないままでいたのであろうか。この事実は、読売新聞により、スッパ抜かれたという。

日本の国家としての安全保障は、その時々のゴマすり外交や手もみ外交の方針で歪められてしまうのであろうか。外交が必要なのも、国民、そして国家を守るためではないか。今の与党政府は、あまりにも国民をバカにしていないか。この国の安全保障は、まことに危ぶまれる事態である。きちんとした政府が望まれる所以(ゆえん)である。

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日本語の意味を変えてしまう気象庁の怪

 この国のメディアが使う報道用語は、国土交通省の下部組織である気象庁が決めているらしい。これは、7月24日午前0時26分ごろの「真夜中に起きた」岩手県中部地震を、NHK報道はじめ、日本の各メディアが「未明に起きた」と表現していることが不可解なので、調べてみて分かった。

 Akkii は、手元にある日本語辞典(国語辞書等)を調べてみた。しかし、どの一冊として、真夜中の午前0時を過ぎて間もないころを「未明」の意味に挙げているものはなかった。そこで、WEB検索画面で「気象庁、気象用語」と入力して驚いた。何と、この「未明」の意味は、国語を所掌する文部科学省ではなく、気象庁が決めていたのである。

この気象用語は、気象庁では「予報用語」と言うらしい。また、この「未明」の時間区分は、真夜中の午前0時から同3時ごろまでを言うらしい。そして、NHKの報道がこれを気象や地震などに関する報道で使い、それに倣ってか、NHKのその他のニュース報道でも、時間を言う場合にこの「未明」を使っている。また、その他のメディアの報道も「未明」を使っている。例えば、「WTO交渉が日本時間の30日未明に決裂」などのようにである。

 ところで、気象庁が予報でこの「未明」という語彙を使うことになった理由は、「夜半」という語彙が一般に使われていないからだという。しかし、この「夜半」は、それまでの台風予報などでは、頻繁に使われていた語彙である。そして、日本語辞典(国語辞書等)や和英辞典などには、この「夜半」は「真夜中」、「午前0時」の意味として出ている。したがって、日本の言葉として定着し、日本文化に定着していた語彙と言える。ところが、「未明」という語彙は、日本語辞典(国語辞書等)や和英辞典などを調べても、午前0時から同3時ごろまでを指し示す意味としては出ていない。そして、広辞苑には、「夜がまだすっきり明けきらない時」と出ている。そのうえ、和英辞典にも、「夜半」は ”midnight” と出ているが、「未明」は “before dawn” ”before daybreak” と出ているのだ。つまり、和英辞典でも「夜半」は「真夜中」の意味であるが、「未明」は「夜明け前」の意味なのであり、気象庁が言う午前0時から同3時ごろまでの意味は含まない。

 なお、この「未明」の漢字は、辞書を調べるまでもなく、「未だ明けず(いまだあけず)」の意味であろう。これは、日本語を母語とする国民が小学校、中学校で漢字を習っていれば、素直にそう取れるであろう。それは、夜明け前を意味する言葉だ。そして、日本語の辞書にはそうある。また、和英辞典にもそうあるのだ。

 台風のように、ある地点を通過するのに一定の時間がかかる気象状況の場合は、「未明に通過」などとしても、あまり違和感を持たなかった。しかし、地震は1時間も続くことはなく、せいぜい数分間でメインの地震は終わる。したがって、真夜中の午前0時26分ごろ起きた地震をNHK報道で「未明に起きた」と表現されると、何という日本語の使い方だと驚愕の念を禁じ得なかった。当夜、Akkii はこの時間、まだ起きていた。テレビをかけっぱなしにしながら、PCに向かっていた。すると、テレビ画面の上部に地震情報が表示され、間もなく、震度3位の長い地震がやってきた。その地震の揺れを体感しながら、発生地点は遠いようだが、かなり大きな地震がどこかで発生したのだろうと推測した。Akkii は、その夜は未明まで起きていたとは考えていない。それは、「未明」とは、うっすらと朝が明ける前であるという感覚と思いがあるからだ。多くの日本人は、そう思うのではなかろうか。そして、日本語辞典(国語辞書等)や和英辞典には、そう出ている。

 しかし、この報道用語やそこで使われる「語彙の意味」を国土交通省の下部組織である気象庁が決めてしまうとは、この国の言語政策は、一体どうなっているのであろうか。この日本で、従来使われていた伝統的な意味の「未明」という語彙の意味を、国土交通省の下部組織である「気象庁」が変えてしまえるということが、この国の言語政策の脆弱さと希薄さを物語っている。そして、NHKをはじめ、各メディアが、この気象庁が定めた日本語の「語彙の意味」に盲従しているようにみえるのが、たいへん不思議である。

 現在、わが国の報道で使われている「未明」という語彙に代え、「真夜中」を使うか、「夜半」という語彙を復活させて使うべきである。気象庁などに日本で伝統的に使われている言葉の意味を変えさせたり、報道用語を規制させるべきではない。国民が使う言語には、統一的に調査、監視し、指導する国家機関が必要である。先進国の多くは、この機関を持っている。日本にも、この機関を作る必要がある。

 一国の言語政策は、その国の世界戦略や安全保障に関わる重要な事項である。一般に言語には、規則性(または規範性、規律性)、安定性、普遍性(または汎用性)が求められる。国語を所掌する省庁でない国土交通省が、報道用語を決めてしまうなどの安全保障上の重大な危険性は排除しておく必要があるであろう。これは、この国の政治の心もとなさが出ている事象だ。この国の安全保障がまことに危ぶまれる事態である。

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ゆるキャラに熱中し、熱中症!?

各地でご当地ゆるキャラのデビューが相次いでいる。このゆるキャラの着ぐるみでパフォーマンスに熱中すると、熱中症になるので注意を要する。ゆるキャラの着ぐるみで、現に熱中症に罹る事故が起きている。着ぐるみの中は、外気温よりはるかに高くなる。それでなくても気温が高い夏である。ご用心、ご用心。

熱中症とは、熱中するとなりやすい急性症状である。しかし、この「熱中症」と「熱中する」の「熱中」は、漢字は同一でも、語源が違う。

熱中症は、長時間、直射日光に体がさらされるとなりやすいが、屋内や日陰でも罹る。これに罹ると、血液の循環障害を招き、体温が異常に上昇し、鼓動が早くなったりする。頭痛やめまいを呈し、意識が朦朧とし、気を失うこともある。生命に危険を及ぼす重篤な症状である。

熱中症は、現在では4類型に分類できる。そのうち、体温が上昇する熱中症に罹った場合には、水分や塩分を補給し、体を冷やすことが先決である。体を冷やすのには、内側から冷たい飲み物で冷やし、外側からは、水で冷やすなどして、体温を下げることが必要である。木陰で休ませることや、風を送って体を冷ますなども大事なことであるが、まずは、体を効果的、確実に冷やし、体温を平温にする方法をとることが肝要である。

熱中症は予防の対策が重要である。こまめに水分や塩分を摂取し、体温を上昇させない工夫をする。ゆるキャラの着ぐるみには、電動ファンを付けたものも出てきた。サウナ風呂の後の水風呂は、人類の英知である。北欧のフィンランドでは、サウナ風呂で熱くした体をすぐに水浴で冷やせるように、サウナ小屋が岸辺に建てられていた。

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日本は泥舟に乗っていないか?

  国際情勢を考える上での参考文献2点をここに紹介したい。廉価な新書版として発行されながら、学術書としても優れ、凄くインパクトの強い内容がある。日本が今、世界の中に置かれている立場を考え、その置かれている立場を窮状と認識し、その打開策を考えるために、たいへん参考になる文献である。

 後記(1)の文献は、日米構造協議などを通して、かの超大国が日本に突きつけた様々な要求につき、かの超大国で公開された公文書で検証しながら、「アメリカの日本改造が進んでいる」と表現している。そして、その要求の背景にある、かの超大国のロビイスト(政治圧力団体)や、その目論見をも解析している。また、今、問題となっている公認会計士制度や時価会計、弁護士大量増員問題などにも言及し、優れた分析力と慧眼で鋭く論破している。

後記(2)の文献は、現在もアフガニスタンとイラクで戦争を行っている、かの超大国の「戦争」に関するスタンスなどを中心に、サブタイトルを「戦争はどう利用されるのか」として、かの超大国が戦争を仕掛ける動機やプロセスなどにもメスを入れ、解析している。

(1)2004年4月 『拒否できない日本(アメリカの日本改造が進んでいる)』 関岡英之 著、文春新書、\700(税別)、文芸春秋社

この本のカバーの袖には、次のように書かれている。

―――建築基準法の改正や半世紀ぶりの商法大改正、公正取引委員会の規制強化、弁護士業の自由化や様々な司法改革・・・・。

これらはすべてアメリカ政府が彼らの国益のために日本政府に要求して実現させたもので、アメリカの公文書には実に率直にそう明記されている。近年の日米関係のこの不可解なメカニズムのルーツを探り、様々な分野で日本がアメリカに都合のいい社会に変えられて来た経緯を、アメリカの公文書に則して明快平易に描く。――― 

  著者の関岡英之氏は、異色の経歴を持つ。この文献では、大学法学部を卒業後、銀行で国際金融取引などをした知識と経験を踏まえ、また、その後、大学院で建築に関する工学を研究した学識と経験を踏まえて、明快で言葉巧みな表現により、日本の置かれた立場を検証し、解析している。現在は、評論家として活躍し、大学客員教授をしている。

(2)2008年3月 『アメリカの世界戦略(戦争はどう利用されるのか)』

菅 英輝 著、中公新書、\70(税別)、中央公論新社

この本のカバーの袖には、次のように書かれている。

―――2003年3月、ブッシュ政権は対イラク戦争に踏み切った。世界の平和と安全を説く国がなぜ先制攻撃を仕掛けるのか。そこには、冷戦終結後、EUと中国の挑戦を受けるなか、圧倒的な経済力と軍事力をもとに世界一極支配を目指すアメリカの戦略がある。本書では朝鮮戦争からヴェトナム戦争、そして「ブッシュの戦争」に至るアメリカ式戦争の特徴と問題点を、政策決定者たちの証言を交えて分析し、「帝国」の今後を展望する。―――

  この本の著者、菅 英輝氏は大学教授である。この文献は、正規の学術論文としての体裁をとっているため、表現が難解に感じられる部分があるかも知れない。しかし、目次を見て、興味を持てるタイトルの章から読み進めると、分かりやすいであろう。巻末の「アメリカの戦争」という関連年表も参考にしたい。

これらの文献は、新書版であり、廉価であるうえ、ボリュームも少ないが、それぞれが名著であり、学術書としても優れている。日本の今を取り巻く安全保障問題や国際間の経済問題などの世界情勢を考える上でも、ぜひ、読んで参考にしていだだきたいと思う。

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北朝鮮による日本語教師の拉致

北朝鮮が、日本人を拉致して、北朝鮮の奴隷としている目的は、工作員の養成のための日本語教師として使ったり、日本語の情報を朝鮮語に翻訳したりするための情報機関員として使ったりするためだった。これは、大韓航空機爆破を行い、自殺未遂で助かった北朝鮮工作員、金賢姫の口から、日本人拉致被害者、田口八重子さんから日本語を習い、日本人化教育を受けたということが分かり、発覚した。また、20代で拉致されて40代後半で帰還した地村さん夫妻や蓮池さん夫妻などの北朝鮮内での生活の話などからも分かった。その田口八重子さんは、幼子2児を残したままで拉致され、いまだに北朝鮮で拘束されている。

ここで特に問題なのは、北朝鮮はその目的を遂行するために、日本人拉致事件が頻発した約30年以上前と同様に、その後も多くの日本語教師を必要とした。そして、今でもその状況は変わらないと考えられる点である。つまり、その後も日本人に対する拉致、誘拐は繰り返されていたのではないかという疑念があるのだ。日本各地で行われているボランティアの日本語教室や日本語教師養成学校などを通して、北朝鮮の工作員やその協力者の策謀の下に、「日本語教師」の志望者が狙われていたこと、また、現在でも狙われていることは、想像に難くない。

「海外で『日本語教師』としての経験を積む方法がありますよ」などの甘言に乗せられ、また、「滞在費、宿泊費は当方で負担しますよ」などの言辞に乗せられ、片道航空券で海外に送り出されないように注意する必要がある。北朝鮮に日本人が入国しやすいルートは、中国経由である。この中国経由で、かなりの「日本語教師」が北朝鮮に「誘拐」されているのではないかと懸念されるのだ。

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HNKには、日本語をもっと正確に表現してもらいたい!!!

   最近、気になる日本語表現がある。それは、「なので」が会話文の文頭に出現することである。「なので」は、独立した接続助詞ではない。したがって、漫画的な表現は別として、これが、文頭に出てくるのは、正式な日本語ではありえない。

 今朝のNHKテレビを見ていても、「なので」が会話文の文頭にやたらに出てくるのが気になった。これは、ミャンマーの大型サイクロン被害に対する国際社会からの支援受け入れに関するニュース解説の中でである。

 「なので」は、「~なので」とは使われるが、文頭に出て使われる言葉ではない。日本語辞書を調べても、『NHK・日本語発音アクセント辞典(新版)』に当たっても、「だから」や「ゆえに」は出てくるが、「なので」という独立した語彙は出てこない。

いくらニュースキャスターとはいえ(正確な日本語を話すアナウンサーとは違うとはいえ)、国が主導する公共放送で、このブロークン・ジャパニーズ(壊れた日本語)が頻出するのはいかがなものであろうか。

 この「なので」が口語の文頭に使われるようになった背景には、中学校・高校で学習する数学の証明問題の解答の仕方があるという。証明問題の解答は、理由をつらつらと述べて、「なので」と書いて結論を表現するという。

したがって、「なので」が会話文の文頭に使われ出したのは、「なので」が独立した語彙であるかのように、数学の証明問題の解答の仕方に使われ出した以降であるらしい。これは、日本語教育学の研究を続け、ボランティアの日本語教師をしながら、中学生、高校生を対象とする学習塾を経営している友人から聞いた。

 この事実は、日本の国語教育は、国語ばかりではなく、理科や社会、数学をも含めた、体系的な言語規則の統一のもとに行われなければならないことを示している。

 それにしても、日本の公共放送を代表するNHKである。日本語に変な流行的表現を蔓延させる元凶をなすべきではない。また、一部で使われている表現を頻出させて、これを日本語表現に固着させるべきではない。日本語表現にはもっと丁寧で、正確な取り扱いをしてもらいたいものである。

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四川省地震の救助は時間との勝負だ!

 中国四川省で5月12日の午後に起きたM7.8の地震は、甚大な被害を発生させている。多くの人々が倒壊した建物の瓦礫の下などに閉じ込められているようである。

 本来、堅固であるはずの小・中学校も倒壊し、多くの児童や生徒たちが瓦礫の下に埋もれていることがメディアの報道で分かっている。しかし、この地域も震源からは、離れた場所である。震源のすぐ近くの情報は、まだ、世界のメディアは把握していないようである。

 日本では、地震の際の救出活動は、時間との勝負であることが今まで起きた各地の地震からの教訓で分かっている。瓦礫の下などに閉じ込められて生存している被災者の生存率が、時間とともに急激に減少するのだ。特に、阪神大震災のときに痛いほどそれが分かった。そして、その教訓から、その後、地震の際の捜索救助活動の技術につき、飛躍的ともいえる進展に結びついている。

 中国政府は、被害情報を包み隠さずに世界に開示し、各国からの支援を要請してでも、可及的速やかに、捜索救援活動を行うべきである。

 地震の際の人命救助は、時間との勝負である。

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中国人元証券会社員と情報管理

野村證券(証券)の中国人元社員ら3人が、証券取引業法(現在は金融商品取引法)違反(インサイダー取引)の罪で東京地検特捜部に逮捕された事件では、報道によると、その後の調べで、中国人元社員らは46銘柄ものM&AやTOBなどの機密情報を事前に知り、投機的に株式の売買を繰り返し、約5,000万円もの利益を得ていたことが分かった。

この証券会社の社員として知りえた機密情報は、逮捕された3人以外の人や組織に漏洩していなかったのだろうか。一般に中国人は、エスニシティからくるアイデンティティが強固で、エスニック・グループのネットワークを大事にする。そのネットワークにM&AやTOBなどの機密情報が漏れて、利用されていたことも考えられるのではないか。株式市場が、一部の投機的な人間に利用されて、その者たちだけが確実に暴利を得たとしたならば、これほど不公平なことはない。これでは株式市場は、投資家に見はなされて憤死する。

野村證券は、この46銘柄もの上場会社の株式にまつわる機密情報が利用されたインサイダー取引を、個人の犯罪であるとしている。しかし、ここでは、野村證券の証券会社としての顧客の機密情報の管理や従業員の管理が、きちんとされていたかどうかが問題となるであろう。

ここで特に問題なのは、個人が証券会社の社員として知りえた上場会社の機密情報で46銘柄もの株式売買が繰り返されていたということである。そのうえ、この機密情報は、弟や友人にも漏洩していた。これでは、この他にも類似のケースが起こりうるのではないか。そして、それが起きていても、露見しなければ、やり得ということになるのではないか。

中国人元社員らは、この機密情報により、富士通が完全子会社化した富士通デバイスの株式7千株を事前に1,169万円で購入し、多額の利益を得ていることが分かっている。

株式の投機で、事前にその株式相場が上がるか下がるかの情報が分かれば、暴利を得ることはたやすい。しかし、これは、市場の中で一般大衆投資家も巻き込んで、相場が形成されている株式市場にあっては、許されることではない。

今回の野村證券元中国人社員らによるインサイダー取引事件の解明を契機に、関係当局には、この事件の構図とことの真相を詳細に究明し、証券会社のあり方をしっかりと検証してもらいたい。

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人間文化と中国の行状

  大分県の高崎山ではニホンザルの群れの生態を誰でもがすぐ近くで観察することができる。以前、ここに行ったとき、猿の世界の生々しい生存競争の有様を見て、人に生まれたことの幸せを思ったことがある。この猿の世界には、マナーやモラルといったものがなく、他の猿が食べている最中のものを、強い猿が平然と奪い取るという行動があちこちで見られ、食事も平穏にできない猿の世界を、まざまざと見せつけられたからである。

  人間の世界は、動物としての長い歴史の中で、食事ぐらい平穏にできるようにマナーやモラルを醸成させてきた。猿には、動物の歴史が人間と同じくらい長くても、これができていない。これが、猿と人間との文化の大きな違いである。

  この「人のものをとってはいけない」ということと、「父母は大事にしなければならない」ということは、共に、人間が生まれてから後天的に学習する内容であるという。生まれながらにしての人間には、猿と同じように、強いものが弱いものの食べ物を平然と奪うという本能があるのであろう。また、子供は大人になるにつれ、両親とも離れ、父母を顧みなくなることになるのであろう。人間の世界では、これをしつけや教育によって社会的に訓練することにより、人の世界のマナーやモラルができあがってきた。

  さて、そこまで考えてくると、中国はなぜ、東シナ海のガス田を日本との国境線の問題となっている位置に開鑿し、領土を侵略しようとしているのであろうか、ということに思いが巡った。

  今、争乱化しているチベットの民族問題も、中国政府がチベット民族のアイデンティティと宗教を否定し、中華文化を強権的に植え付けようとしていることに対する民族の抵抗運動にその淵源がある。もともとは、ポタラ宮殿を中心に栄えていたチベット民族の領地に中国が攻め入り、チベットの地を中国の領土としたことに起因している。現在、ダライラマを始め、多くのチベット民族が、中国の強権的政治による弾圧から逃れ、インドに亡命政府を樹立している。

  現在、北京オリンピックに向けての聖火リレーが通過する世界の先進国の多くで、中国政府に向けられている抗議行動には、中国政府は真摯に目を開き、耳を傾けて、人権弾圧の態度を改めるべきである。人権弾圧に対する世界の目は、中国政府の「国内問題である」や「内政の問題である」という主張が、世界には通用しないことを示している。

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言葉の表裏・北朝鮮の民主主義

日本語の会話で「結構です」というと、普通は「断(ことわ)り」の意思表示である。これが、「たいへん結構です」や「結構ですネ」というと賞賛や同意の意思表示となる。ところで北朝鮮は、国名として朝鮮民主主義人民共和国を標榜(ひょうぼう)している。しかし、現実の同国は、民主主義どころか、恐怖政治を行い、国民の自由を奪い、まるで国全体が監獄であるかのような体制を敷いているように思える。「民主主義」という言葉は、国家体制の偽装表示なのであろうか。それとも、後ろに「人民共和国」が付くと非民主主義という裏の意味になるのであろうか。

北朝鮮は、自国民の通信の自由や移動の自由さえ認めていないのだ。21世紀にもなって、国民の自由な旅行も認めず、国民に対してラジオやテレビなどの自由な受信も認めない国家は異常である。北朝鮮は、なぜ、そこまで国民の自由を奪う必要があるのであろうか。また、なぜ、他国の国民を拉致して、その自由を奪い、拘束を続けているのであろうか。北朝鮮という国家の指導者たちは、何を目的として人びとを不自由な状態に置いているのか、理解に苦しむ。

5年前に北朝鮮から日本に帰還した拉致被害者である地村保志さん夫妻や蓮池薫さん夫妻、曽我ひとみさんなどの話から、北朝鮮による拉致の方法は、生やさしいものではなかったことが明らかになっている。日本でなんらの落ち度もなく平穏に生活をしている人たちを、いきなり殴ったり、袋をかぶせたりして、小船に乗せ、拉致しているのである。当時13歳であった横田めぐみさんも、おそらくそのように袋をかぶせられ、猿轡(さるぐつわ)を噛(かま)まされて拉致されたのであろう。北朝鮮に拉致された被害者の家族会などが、きのう(2007年12月10日)、東京で開いた国際会議で「拉致解決国際連合」を結成したという(新潟日報、または朝日新聞Webサイト←クリック可)。これは、北朝鮮によって拉致された各国の拉致被害者家族らが結束した成果である。

北朝鮮は、世界の中の最貧国であるという。この事実は、早稲田大学国際教養学部教授の重村智計(しげむら・としみつ)氏の著書『今の韓国・北朝鮮がわかる本』〔2007.11.10発行、三笠書房、「知的生きかた文庫」\533(税別)〕に詳しく論述されている。寒さが例年より厳しい今年の冬は、北朝鮮では、凍死者や餓死者がかなりの数で発生するであろう。暖房もなく、食べ物もない中で、寒さに凍え、餓死していく国民の悲惨さを痛ましく思う。北朝鮮の指導者たちは、この地獄のような窮状に対し、何らの反省も呵責(かしゃく)もなく、漫然と手を拱(こまね)いているのであろうか。同じ東アジアに生きる人間として、他国の国民でありながら、その絶望感と無念さを思うと、心痛が走る。北朝鮮は、核武装など完全に放棄し、開かれた国家として、国際社会の中に窮状を訴え、援助を求めていくべきであろう。東アジアの国で北朝鮮という国家の崩壊を望んでいる国などどこにもないのだ。

  すなわち、北朝鮮は、開かれた国家となる手始めに、拉致された人びとを早急にその母国に帰還させ、原状回復をはかり、謝罪しなければならない。そして、自国民の基本的人権を認め、それを国家として保障していかなければならない。そうしなければ、北朝鮮は、世界の中の最貧国という窮状と汚名から脱却することは不可能である。

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安倍晋三首相、大変お疲れ様でした。

安倍晋三首相、大変お疲れ様でした。      

日本語には、「手練手管(てれんてくだ)」という熟語があります。広辞苑によりますと、「同意の2語を重ねて意を強めたもの」とあり、意味は、「手練(てれん)に同じ」とあり、「手練」の項には、「いつわりごまかすこと」、「人をあやつる手段・技巧。手管(てくだ)」とあります。

この手練手管(てれんてくだ)に長(た)けた強者(こわもの)の多い政治の世界で、貴方(あなた)のように、優(やさ)しい心と美しい心の持ち主が、自己を貫(つらぬ)くのは、大変だったことと思います。最後は、まるで裸の王様のような貴方(あなた)を見ていて、大変気の毒に思っておりました。組織の代表者になりながら、組織をコントロールする術(すべ)を持ち合わせない代表者は、本人が惨(みじ)めであるばかりでなく、傍目(はため)にも哀(あわ)れに思われるものです。

トップリーダーには、知力や実力が伴わない場合には、たとえ推挙されようとも、なるべきではないと思います。自分がトップリーダーにならないで、知力や実力を伴わない他人をその地位に祭り上げる人には、魂胆(こんたん)や下心(したごころ)があるのが普通だからです。そういう人は、自分は矢面(やおもて)に立たずに、責任と苦労を他人に押し付け、トップリーダーに祭り上げられた他人を陰で操(あやつ)るのです。また、そういう人は、その操(あやつ)りの手段や手法を持っていて、他人をコントロールする自信があるからこそ、その他人をトップリーダーに祭り上げるのでしょう。

参院選後の安倍改造内閣の閣僚の顔ぶれを見て、こんな「強者(こわもの)」とお見受けする方々と内閣を組んで、閣内一致の意見を纏(まと)め上げるのは大変だろうと思いました。閣議は全会一致が原則だからです。

取りも直さず、何を言われようとも、貴方が、故・松岡元農水相のように自殺にまで追い込まれない内に、首相の辞意を表明したのは本当に良かったと思います。昭恵夫人を大事にして、再起を目指して下さい。大変お疲れ様でした。

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「亥(い)年」と参議院選挙

語呂合わせをして、歴史や理科などの年代や名称を覚えることは、受験生の多くが経験しているであろう。Akkii も、名称を覚えるのに語呂合わせをよく使った。だが、十二支を覚えるのには、語呂合わせではなく、「ねうしとらうたつみうまひつじさるとりいぬい」と、そのまま覚えてしまったので、「戌(いぬ)」の次は何だったかな、と考えるのに苦労する。それは、十二支の頭から「ねうしとら・・・さるとりいぬ、い()」とすべてを口ずさまないと、出てこないからだ。どうやら、この記憶を柔軟に使いこなせるようになる前に、頭脳が硬化してしまったようである。

 ところで、今年は、「戌(いぬ)年」の次の「亥(い)年」である。十二支の一つである「亥」の年は、12年に1回の割合で周ってくるが、過去に選挙があった年を振り返ると、国政選挙では投票率が低かったという。しかし、今年は、違うという。参議院選挙についての国民の意識が高いというのである。そして、今回は、期日前投票・不在者投票に行って、既に投票してきた人が多いというのである。いいことである。

参議院選挙は、議会制民主主義を基礎とする二院制国会の中の参議院に送る、国民の代表を選ぶ選挙である。国民の権利義務に関する事項や国の将来などについて、問題点をよく議論して、いい結論を導き出してくれる人を選びたい。

果たして、「亥(い)年」の今年、参議院選挙の投票率はどうなるのであろうか。そして、その結果はどうなるのであろうか。

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